マルチビ−ム衛星通信


衛星通信の方式には、一つのビームでエリアをカバーする方式と、複数のビームによる方法の二つがあります。後者のマルチビーム方式には、周波数を有効利用できる、伝送容量を大きくとれるなどの利点があります。マルチビームの制御にはSS/TDMAが利用されています。


静止軌道上に打ち上げられた衛星は、地球表面の約3分の1のエリアをカバーすることができます。国際衛星通信はこの広域性を生かしたものです。
しかし、国内衛星通信や衛星放送ではそれほど広いエリアをカバーする必要はありません。むしろ他の国から見ると、余分な電波が送られてくるのは大変迷惑な話です。利用されないエリアに電波を送ることは、電力の無駄使いにもなります。
衛星通信に使われるような周波数の高い(2G〜3GHz以上)電波は、性質が光に似て直進する傾向が強くなります。そのため、送信アンテナの反射面の方向を調節すると、発射した電波が日本列島だけをすっぽりカバーするようにできます(図1)。
このように、サービス・エリア全体を一つの電波のビームでカバーする方法をシングル・ビ−ム方式といいます。現在運用中の衛星のほとんどは、このシングル・ビ−ム方式を使っています。


周波数の有効利用、容量の確保、地球局の小型化を狙う


これに対して、サービス・エリアを複数の狭い地域に分割して、衛星からの電波のビームを狭くして、それぞれの地域を別々のビームで照射するようにしたのがマルチビ−ム方式です(図2)。ちょうど自動車/携帯電話の小ゾーン構成に似ています。衛星から地上へ送る電波のビームを狭くするためには、衛星のアンテナを大きくします。
ビームを狭くすると、少し離れた地域で同じ周波数の電波を繰り返して使えるので、周波数の有効利用が図れます。また、電力が集中して送られてくるので、受信信号の電力が大きくなります。その結果、伝送容量を増やすことができるほか、受信アンテナの小型化が可能になり、地球局を経済的に構築できます。
以上のようにマルチビ−ム衛星通信方式は、多くのメリットがあるので、各国で精力的に開発が進められています。
日本では、94年8月に打ち上げられた技術試験衛星「きく6号」(ETS-VI)で、マルチビ−ム方式の実験が予定されていました。きく6号に搭載したアンテナは直径が3.5mで、CS-3のシングル・ビーム・アンテナの直径0.95mに比べて、10倍以上の面積があります。Kaバンド(30G/20GHz帯)を使い、日本全域を13本のビームで覆うものです。ただ、衛星の静止軌道への投入に失敗したため、残念ながら実験は中止されました。
このようなマルチビーム方式では、ビームの幅は0.3度と非常に狭くなります。ところが衛星に搭載したアンテナは、熱による変形や太陽・月の引力、太陽風(太陽からの荷電粒子の流れ)などの影響を受けて、どうしても方向に誤差が出てきてしまいます。そのためアンテナの向きをビーム幅の20分の1の高精度で制御する必要があります。これはシングル・ビーム方式であるCS-3の精度に比べ、13倍もの高い精度です。
マルチビーム通信では、複数のビーム間で通信を行うので、衛星上にビーム間接続スイッチ(サテライト・スイッチ)が必要になります。時分割多元接続(TDMA)方式と組み合わせたものを、SS/TDMA(satellite switched/TDMA)と呼んでいます。
SS/TDMAは以下のように機能します。まず、衛星からのクロックに同期して、各地球局がTDMAバースト信号波を衛星に向けて送出します。複数の地球局向けの信号が多重されているTDMA信号は、衛星に搭載されたスイッチ・マトリクスを経由することで、各地球局向けの信号に分割されます。衛星はそれらの信号を中継器へ接続し、各地球局へのビームで送信します。
一つの地球局から送られてくるビームの中には、他の異なる地球局向けのビームへ接続するために、複数の信号が時分割多重されています。そのため、サテライト・スイッチではバースト信号を一つ一つ目的とするビームへ接続できるように、各信号の同期をとって制御することが重要です。
SS/TDMA方式は、1989年に打ち上げられたインテルサットVI号に使われています。
図1 国内通信衛星(CS)から送られたシングル・ビーム方式の電波がカバーする範囲 kaバンド(30G/20GHz帯)は北海道、本州、四国、九州とその近くの島を、Cバンド(6G/4GHz帯)は沖縄、小笠原諸島を含む日本全域をカバーする。 図2 マルチビーム衛星におけるSS/TDMAの原理 図は日本列島を四つのビームでカバーする場合を示す。周波数f1,f2を繰り返して使うことができる。衛星上のサテライト・スイッチでDMAバースト信号を切り替えて目的地のビームへつなぐ。
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