第4章 倫理問題への対応策のあり方と現在



現在までの対応の例


<PICS>

 PICS(the Platform for Internet Content Selection)とは、<wwwコンソーシアム(注1)という団体がインターネットの社会的責任を技術的に解決するためにインターネットアクセスをコントロールする、ということを目的として開発したフィルタリングシステム>です。インターネット上の情報発信を制限することなく受信者が設定するレベルに合わせて、選択的に情報を受信できるという特徴を持っています。またある国、ある会社によってまちまちだったフィルタリングの仕様を統一しようと<グローバルな技術企画を目指したもの>でもあります。

 PICSが生まれたきっかけというのにアメリカでの通信品位法というのがあります。これは、ある種の情報を規制するという新しい法律です。この法律案を制定しようと国会で審議していた頃に、これに反対する立場で作ったものがPICSです。公的権力がインターネットの情報を検閲するのは反対だけど、何でも自由で、未成年に猥褻画像を見せるのも自由だ!というのもあまりにもおかしい。そこで何か対策がないかということで考えた技術的手段なのです。

(注1)
 wwwコンソーシアム・・・<WorldWideWeb>を発展させるための共通プロトコルと標準ソフトウェアの開発の目的とした協同体。。ジュネーブ郊外のフランスとスイスにまたがって存在するCERN(ヨーロッパ原子核共同研究機関)で発足し、世界規模で170以上の企業が参加している。wwwコンソーシアムのホストにはマサチューセッツ工科大学やフランスの国立自動化研究所、慶応大学湘南藤沢キャンパスなどがある

 wwwコンソーシアムは、実現するためのフォーマット等に関する標準仕様をPICSにおいて規定するのみで、ソフトウェアやレーティングシステムを提供している訳ではありません。それらのソフトあるいはシステムは外部の活動に任せられています。例えば、マイクロソフト社のブラウザソフトである「インターネットエクスプローラ4.0」などには、PICSの規格にそったフィルタリングソフト機能が組み込まれています。

 PICS企画のレイティング基準としては RSACiがあります。これはRSAC(娯楽ソフト諮問会議)という公共、特に両親などが電子メディアについての必要な決定をする際に、意見を尋ねることにより支援を行うという非営利団体で作られたインターネット・レイティングシステムです。
 RSACiはスタンフォード大学で20年以上にわたり、 <メディアが子供に与える影響>を研究してきたドナルド・F・ロバーツ博士の研究成果に基づいたものです。そのレーティング基準を示します。

 暴力、言葉、ヌード、セックス、その他と各項目があり0から4での数字でラベル付けをしています。このような基準をPICSでは採用しています。

RSACiによるレイティング基準

   暴力  言葉  ヌード  セックス  その他
 0  なし 不快感を与えない 言葉  なし  なし  なし
 1  争い 穏やかな悪口 露出的な服装 セクシャルなキス  要注意
 2  殺傷 悪口 部分的なヌード 着衣のままの 性的接触 公序良俗に反する
 3  殺人 わいせつ表現  全裸 性行為らしき描写  違法
 4  残虐 誹謗中傷 性器の強調 性行為 反社会的

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<R3セイフティネット>

  R3セフティネットとは、1996年、英国のプロバイダ−の団体であるインタ−ネット・サ−ビス・プロバイダ−協会、ロンドン・インタ−ネット・エクスチェンジ、及びセイフティネット財団の三者から発表され、インタ−ネットの情報を業界で自主的に規律することを目的としたものです。
  R3とは、 Rating、Reporting、Responsibilityを意味するものです。セイフティネット財団がインタ−ネット上での幼児ポルノやその他の違法な情報に関する苦情の受付けや処理において、独立的な役割を果たし、レイティングシステムの開発支援を行うというもので、主な活動内容は以下に示すことです。

  1. 各ニュ−スグル−プの内容に関して合法性の指針を示すことや評価を行う。

    この評価では、各ニュースグル−プが通常、違法素材を擁しているか、またどんな形で違法となっているのか(幼児虐待、著作権侵害等)等を指摘するPICS規格のレイティングサービスです。

  2. 電話、郵便、電子メ−ル又はファクシミリを経由して、だれでもアクセスが可能となる素材に対する苦情を受けるホットラインを開設する。

    これらの苦情は、標準様式に統一され、即座に参加プロバイダ−や他の適当な団体へと転送される。ホットラインによって、個別ニュ−スグル−プの情報又はホームペ−ジの合法性の評価を行う。

     

  3. そのホットラインに寄せられた情報が英国内で作成された違法素材の場合、供給源の追跡を試み、作成者に対し排除するよう勧告するという責任ある対応をする。

    作成者の協力が得られない場合、プロバイダ−に対し、必要な措置をすることを要請するとともに警察に連絡します。


  ここでは、政府による法的規制ではなく、民間において問題解決しようとしています。wwwコンソーシアムが進めるPICSだけでは(実効性の観点から)不足している部分をホットラインとユーザ及びプロバイダの責任ある対応で補おうとするもので、この考え方が政府、警察、業界などから高い評価を得ています。
 さらにR3セーフティネットは技術的対応であるPICSへの支援を表明しています。

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<インターネットに関する国際協定>

 インタ−ネット上の情報流通に関するル−ル作りについて、国際機関においても議論が開始されています。
 OECD(経済協力開発機構)では、1996年2月にキャンベラで開催された情報・コンピューター・通信政策委員会の会合において、インタ−ネットのル−ル化に関する国際的ガイドライン作成の必要性について議論されました。その6月に開催されたワ−クショップでも国際的な協力の枠組みの必要性について議論され、10月のワ−クショップにおいては、フランスからインタ−ネットに関する国際協力協定の提案がありました。それは以下のことを定めています。

  1. 関係者の分類、適用する規則、情報提供者とホストサ−ビス提供者 の責任に関する原則な ど、署名当事国が承認する一連の原則

  2. 特に基本的な倫理規則の尊重及び消費者保護の改善を保障することを目的とするガイドライン

  3. 署名当事国間の法的及び警察に関する協力の原則


(2)では、人権の尊重、プライバシーの保護、消費者の保護、著作権(知的所有権)の保護、などの原則に従った自発的な行為規範を定めます。
(3)では、テロリズム、麻薬輸送、組織的国際犯罪など公共の秩序や安全に反するようなネットワークの使用についてそれらを防御、抑制するためのものです。具体的には、
・犯罪者の追求操作の実施、情報の交換
・可能な限りの広範囲な司法相互援助の提供などです。


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<電子ネットワーク運営における倫理綱領>

  この倫理綱領は、日本の通産省の認可組織、電子ネットワーク協議会が発表したものです。電子ネットワークを介してパソコン通信サービスを提供する国内の事業者および主催者に対して、その運営理念や運営規模あるいはその運営形態にかかわらず、誹謗中傷、公序良俗違反など様々な倫理問題が生じないようにするための基本理念および運営基準を提示したものです。

  基本理念としては、言論の自由、人権の尊重など日本国憲法の精神の尊重、公序良俗の尊重、知的所有権やプライバシーに関して関係者が不利益を被らないよう配慮すること、良きマナーの啓発などがあげられています。
  運営基準としては、会員規約の整備、対応窓口の明確化と管理体制の整備、啓発活動の徹底、各種システムの整備及び対応方針の明確化について、運営者として行うべき事項が示されています。


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<アメリカにおける法的対応の試み>

これは法的規制により問題解決を図ろうとしたアメリカでの例です。

 1996年2月、アメリカでは、電気通信改革法が可決されました。この新法の第一の目的は<電話、放送会社など市場相互乗り入れで競争の促進化を図る> というマルチメディア市場の規制緩和と自由化にあります。そしてここで問題なのは、この新法の中に「インターネット等における特定の情報流通を規制する規定」を盛り込んだ改正通信法223条が含まれていたことです。
  これは通信品位法とも呼ばれますが、その内容は「インターネットで未成年が受信可能なポルノ画像やわいせつ表現を含む情報を故意に送信又は表示した者には最高25万ドルの罰金と2年の懲役を科す」というものです。

  しかし、この規定について、アメリカ市民自由連合を中心に市民団体や大手パソコン事業者が、通信品位法の「品位に欠ける」及び「明らかに不快な」情報を規制するという条項が、憲法修正1条により保護されている表現の自由を侵害するとして提訴しました。この提訴により、連邦地裁は「品位に欠ける」及び「明らかに不快な」という文言が、明確性に欠け違憲だとして執行を一時的に差し止める決定を下しました。

  この判断は急速に発展するインターネット上での表現を規定できるかについて初めてのもので次の点で注目されました。

  1. インターネットにテレビなどの放送メディア、さらには印刷媒体よりも更に広い言論の自由を認めた
  2. インターネットは個人個人が参加する形で発展してきたもので権力の介入からは最高度に守られるべきであり、こうしたメディアを抑圧することは違憲であるとしたのです。

  3. 子供を有害情報から守ることは「技術的に可能である」と判断した

  4. 未成年者に猥褻情報などを触れさせないようにするソフトウェアの存在を指摘し(PICS等)、法律で規制することはインターネットの特徴を失わせるとし、子供を有害情報から守るには、親の監視に頼るのが最も適切として問題の解決を家庭に委ねました。

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