機械システムの安全性

ー包括安全基準とわが国の課題ー

向殿政男

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安全工学,Vol.41, No.2, pp.72-78, 安全工学協会,2002-4 掲載済み

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(抄録)

 第1部の機械システムの安全性―「国際安全規格と日本の現状」―に続いて、本稿の第2部では、我が国の労働災害の現状を概観して、これまでの機械安全、労働安全の考え方を振り返えると共に、現在、押し寄せて来ている国際安全規格なるグロ-バルスタンダードに対して、経済産業省、厚生労働省はどのような対応をしようとしているのかについて紹介する。経済産業省は、ISOIECの規格をそのままJIS規格にすべくJIS規格の国際整合化に向けて努力しつつある一方で、厚生労働省は「機械の包括的な安全基準に関する指針」を公表して,構造規格から性能規格へと動き出そうとしている。しかし,我が国のこれまでの体質はそう簡単には変わりそうになく,機械システムの安全性に関する世界標準への整合化の動きは、困難な側面を幾つか有している。そのような中、包括安全基準が目指している方向を紹介しながら、我が国の現在の課題が何であり、将来の望ましい方向はどのようなものであるについて、私見を述べる。

 

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「キーワード」:機械安全、労働安全、国際安全規格、ISO12100、包括的安全基準

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第2部 機械システムの安全性に関する我が国の現状

1.まえがき

現場の懸命な努力により,労働災害の数は確かに昔に比べて大幅に削減されている。しかし,その数が最近,下げ止まり気味である。確かに大手の製造業では確実に労働災害は減って来ているが,中小、中堅企業では,相変わらず人身事故が発生している。労働災害までも下請けに回してしまったのだろうか。中小、中堅企業での労働災害を減らさない限り、我が国の労働災害の数がこれ以上少なくなる事は期待できない。

作業の現場では、作業マニュアルを作り,訓練をし,そして作業者が十分に注意することで職場の安全の確保に努力している。それにも係らず、事故が起きる。ベテランほど事故を起こしやすいという側面があるのをご存知だろうか。注意だけで事故が無くせるほど人間は信頼できるとは思えない。

わが国の製造業は,これまで、高品質、高機能、低コストで世界を席巻して来たが、こと「安全」に関してはどうだろうか。欧米を中心とした外国で工場を立ち上げる場合、わが国よりも厳しい安全基準に従わなければならないのは周知の事実である。欧米人は日本人よりも安全な職場で仕事をしている事になる。また,各種の日本の機械を欧州に輸出する場合、現在は欧州の安全規格を満たすようにするために、安全装置を付け加えない限り受け入れてもらえない。しかも、その安全装置のほとんどは欧州製のものであり、安全の認証も主として外国に依頼しなければならいのが現状である。それに対して,我が国内では、法令で定める特に危険と指定されている機械以外、ほとんどの機械は安全装置なしで、認証もなしで,問題なく大手を振って自由に,販売、流通,利用できる。これは、何かおかしいのではないだろうか。

確かに、「安全」を優先しすぎると、機械の使い勝手が悪くなったり、作業効率が下がった

 

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*明治大学理工学部情報科学科:214-8571 川崎市多摩区東三田1−1−1

り、また安全装置のコストがかさむ事になったりする。結局はコスト競争に負けるのではと心配しなければならない厳しい現実があることも事実である。ところが,設計の段階から安全を機械設備に組み込む事で、短期的にはコストが嵩み、一次的には稼働率が下がることがあるかもしれませんが、長期的にみると、事故が減り、稼働率が上がり、コスト削減に繋がったという例が数多くみられるようになった。機械安全、労働安全に関する上記の各種の問題を解決するヒントは,どうもここら辺にありそうである。

危険な個所を最も良く知っているメーカが機械や設備そのものをまず安全に設計する。リスクの考え方に基づいて危険度の高い個所からそれに見合った安全対策を施す。残っているリスクについては警告を発して注意を促し、その避け方等の情報をユーザに提供する。ユーザはその情報に従って訓練、マネージメント等に基づき注意して機械設備を使用する。これが現在の機械安全に関する国際標準,すなわちグローバルスタンダードの考え方である(1)。このリスクアセスメントに基づく安全確保の方法は、大手や中小・中堅企業に関係なく,すべての機械や設備に適応できる予防安全の考え方である。上に挙げた幾つかの疑問や事実は、わが国のこれまでの機械安全、労働安全のあり方を根本から考え直し、グローバルスタンダードの考え方に整合化させることで解決出来る可能性があることが分かる。欧米だけでなく,既にアジアもこの国際安全基準を採用し始めている。早急に対応を計らないと,わが国が安全の後進国であると揶揄されるだけでなく,機械産業そのものの衰退に繋がりかねない恐れがある。このような時代の流れの中、我が国では厚生労働省が、最も基本的な国際安全規格であるISO12100:「機械類の安全性ー基本概念、設計のための一般原則」(2)を原案として,「機械の包括的な安全基準に関する指針(3)を公表した。

本稿では、この「機械の包括的な安全基準」の狙いとその概要について、更には望ましい我が国の今後の在り方について考察をする。その前に、我が国の機械安全、労働安全の現状を振り返る事にする。

 

2.我が国の機械安全・労働安全のこれまで

わが国の労働災害での死亡者数は、今までの最高が1961年で6,712人であったが,労働安全衛生法が1972年に制定されてから激減し、その後は着実に減り始め、現在は、図1に示すように2,000人を切っているが,最近は下げ止まっている。毎年、2000人弱の人間が労働災害で死亡している事実は重い。休業4日以上の死傷者数は全産業で十数万人、製造業だけでも4万人にも達している。しかも,最近は同様に、減少に歯止めが掛かりつつある。このままでは、労働災害を劇的に減らすのは絶望的なように思える。事業者責任の明確化と安全衛生活動を中心として来たこれまでの我が国のやり方はそろそろ役割を終えて、新たな段階に入らなければならない事を示唆している。抜本的な手を打つ必要がありそうである。

 

 

<<図1労働災害における死亡者数の推移 入る>>

 

一方、先進諸外国では、どうだろうか。 EU(欧州連合)では、死亡者数も死傷者数も何とわが国の10分の1と言われている。例えば、英国のプレス機械による災害の件数は、わが国のプレス機械による災害発生件数の数十分の1と言われている。これは,EUの機械安全に関する規定のEN規格に基づき、機械側の安全策を十分に講じているからである。EN規格に適合しない機械はEU域内では流通を許されていない。現在の国際安全規格は、このEN規格を原案にして作成されている。まえがきに述べたように、わが国で自由に流通している機械は、そのままではEUでは流通を認められないのである。EN規格を満たしていないからである。日本の機械は、機能は高く、コストは安いかもしれないが、欧州に比べたら、安全性では劣っている,すなわち残念ながら危険な機械を売り、使用していると言わざるを得ないの我が国のこれまでの現状である。

ここで、これまでの日本の機械安全、労働安全における安全確保の仕方を振り返ってみよう。まず,機械の設計では,機械そのものを安全に作るというよりは,機能とコストが重視されて来た。実際の現場の安全確保は,これまでの現場の作業者・技術者が優秀であったためか,主として作業者の注意で実現されて来たきらいが有った。安全は,技術で確保するよりは,どちらかというと教育・訓練で実現することに重点が置かれて来たのである。そして,たとえ事故が発生しても,責任は現場の作業者に帰されたり,又一方では労災で償われたりして、真の原因を追求して,機械の設計にまでフィードバックすることが少なかったために,安全を確保する技術が十分に育たなかったと言えよう。機械の設計にまで事故の責任が求められることが少なかったために,安全に関する技術を開発する必要に迫られなかったのである。図2に示すように、どこの国でも時間の流れと共に、働く人の注意による安全確保から安全技術による機械設備の安全化へ、そして人間工学的な観点から人間のミスを如何に減らすかという機構と仕組みの技術的な面にウエートが移り,相対的に人間の注意による安全確保の割合は減ってきているという歴史を有している。しかし、我が国では、人間の注意による安全確保が占める割合の減少は、途中で止まってしまった感がある。安全技術よりは機能,及び低コストが重視され,当面最もコストの掛からない人間の注意による安全確保が用いられて来た。このことと共に,安全技術が重要視されて来なかったもう一つの理由は,特定の機械以外には強制的な法規がないこと,または製造業者やユーザの団体が自主的に安全基準を作成し,それを尊重するという習慣が育たなかったこと等もこれに拍車を掛けている。確かに,労働現場での安全は労働安全衛生法で守られ,特に危険な機械については,構造規格が設けられて,労働安全の立場から強制法規になっている。しかし,これらは限られた個別の機械に対する構造規格で,一般の機械の安全規格はJIS 規格により定められ、これは任意規格である。我が国における安全確保に対するこのような現状が,冒頭のような「安全」に関するある種の国内外の差別を生み出している原因と考えられる。

 

<<図2 働く人の注意と機械設備の安全化 入る>>

 

3.我が国の対応の現状

 リスクアセスメントに基づき、設計の段階から安全を機械設備に安全を組み込んでおくという機械安全に関する国際安全規格が決りつつあり(1),我が国を取り巻く各国は,特にアジア諸国も含めてこれに従って国内規格を整合化しつつある。我が国はこれまでのように,機械設備の安全化よりは人間の注意,すなわち人間の教育と訓練を重視して安全を確保するという考え方を転換して,このグロ−バルスタンダードに整合化させない限り,前述したように下げ止まっている労働災害をこれ以上減らすことが難しいと思われる。それだけでなく,輸出に重きをおく我が国の機械産業の衰退に繋がるし,ひいては,安全の野蛮国と言われかねないことにもなる。

我が国も,WTO(世界貿易機構)のTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)を批准していて,国内規格を国際規格に整合化させることになっている。現在,産業経済省ではJIS規格をISOIECの規格に整合化させる努力が続けており,機械安全に関するISO及びIECの幾つかの規格は既にJIS化されている。基本安全規格のISO12100ISO化は遅れていて,現在,最終的な投票用のドラフトを作成している段階にあるが, TR(技術情報)の段階の情報が我が国でも翻訳されて公表されている(4)。一方,労働現場を預かる厚生労働省でも,労働の現場で使用するあらゆる機械を対象に,設計・製造する製造メーカと、その機械を導入して作業者に使用させる事業者の両方に適用させるべく,ISO12100の考え方に則り,20016月,[機械の包括的な安全基準に関する指針]を通達として公表した(3)。同様に、労働衛生に関しても、ILOが定めつつある労働衛生マネージメントシステムにわが国の厚生労働省も整合化したシステムを公表している。やっと、わが国も機械安全、労働安全に関して世界標準に整合化させ始めて、これまでの考え方を抜本的に変えるべき時代を迎えつつあるように見える。

 

4.機械の包括的な安全基準(3)について

「機械の包括的な安全基準に関する指針」(3)(以降,包括安全基準と言う)が,2001年6月1日,厚生労働省労働基準局長から通達として出された。“包括的”な安全基準における“包括”という言葉には,次のような意味が込められている。一つは、これまでの特定の危険な機械に対するもののみではなく,労働の現場で使用される可能性のあるあらゆる機械を対象にしていることである。二つ目には,機械の製造者はもとより,機械を導入して労働者に使用させる事業者の両方に適用される基準であり,更に三つ目には,個別の構造規格や詳細な基準ではなく,機械安全のための一般設計原則や安全要求事項を記述している文字通り“包括的”な基準なのである。

この包括安全基準を検討していた委員会に携わった一人として,この基準が定められるようになった背景と経緯,内容の概要を紹介した後、本包括安全基準に対する今後の課題と期待とについて述べてみたいと思う(5)

4-1. 包括安全基準の目指したところ

現在,厚生労働省は,特定の機械に付いて構造規格を以って強制規格としている。しかし,新しい安全技術が開発されても柔軟に導入することは困難であるだけでなく,新しい機械が労働の現場にも多く導入されて来ており,数が余りに多いためこれらについて早急に対処することもまた現実的には極めて困難である。事実,労働災害は,これらの強制規格になっている機械設備でも起きているし,また,より多くの災害が規格の定められていない機械で発生している。

 「構造規格、仕様規格、細部規格から性能規格、機能規格へ」というのが現在の機械安全における世界の流れである。また,国による「強制規格から自主適合宣言へ」,すなわち決められた構造を満たしているか否かというチェックから,マネージメントシステムとして自主的に安全を作り込み,自分でそれを宣言する活動へというのがもう一つの世界の潮流である。さらには、「人間の注意、訓練による安全の実現から機械設備そのものの安全化へ」,すなわち安全の実現は現場の作業者の注意よりは危険を十分に知り尽くしている機械製造者がまず安全な機械を設計・製造する責任を持つべきである,という考え方が現在の機械安全、労働安全におけるグローバルスタンダードなのである。

包括安全基準により、すべての機械を対象に機械が満たすべき安全の要件、機能が明確にされて,具体的な個別の機械に対する構造規格はJIS規格に任せる。そして,リスクアセスメントに基づいて製造者、事業者が共に自主的に安全を作り込み、確認をする。また,個別のJIS規格がまだ制定されていない機械については,あるいはJIS規格にない新しい安全技術を採用する場合には,包括安全基準を満たすことを立証すればよい。こうする事により,あらゆる機械にたいして安全基準を満たすように要請することが可能になり,新しい安全技術に対しても柔軟に対応することが出来るようになる。今回の包括安全基準は,この方向を目指して,検討をされたものであった。これは現在の国際安全規格の考え方にほぼ整合していることにもなる。今回の包括全基準の委員会審議で明らかになった事実は,実際に起きた死亡事故の原因を調べたところ,もし,機械設備がこの包括全基準を満たしていたとすれば,救えた事故は80%に達するだろうということである。今後,労働の現場で使用する機械設備類この包括安全基準に従うことになれば,機械設備に起因する労働災害は劇的に削減されるのは間違いないだろうと期待は大きかった。

リスクアセスメントに基づいて設計の段階から機械設備そのものをまず安全化することが第一であると宣言している今回の「機械の包括的な安全基準」の目指すところは,我が国の今後の機械安全と労働安全のあるべき姿を示している極めて重要な内容を含んでいる。しかし,我国のこれまでの構造規格中心、機械設備の安全化にコストを掛けるよりは人間の注意優先という現在の体制のままでは、本包括安全基準の正当な位置付けと適用は極めて難しいことが予想される。実際には、本基準が通達というレベルでしか公表されなかったことは、この辺の事情が影響をしている。しかし,労働者の安全と機械設備産業の発展を考えた場合,今後,本包的安全括基準の目指す方向はもはや変わることは無いだろう。ただ,この内容と意味するところが広く理解され,製造者,事業者が経験を積んでこの考え方に慣れて定着するようになるまでには,また,これを補完するために必要な制度や法律が整備されるようになるまでには,少し時間が必要なだけであろうと考えている。

4-2. 包括安全基準の概要3

本包括安全基準の主な内容は、次の通りである。

1) 目的:すべての機械に適用できる包括的な安全方策等に関する基準

2) 適用範囲:製造者及び事業者

3) 用語の定義:機械,危険源,危険状態,リスク,リスクアセスメント,使用上の情報,製造者等(輸入業者を含んでいる),安全方策,本質的安全設計,安全防護装置,安全防護物,安全防護,追加の安全方策,製造等における残存リスク,意図する使用,合理的に予見可能な誤使用

4) 製造者等による機械のリスク低減のための手順:リスクアセスメントを行い,許容可能でなければ安全方策を施す(図3参照)

5) リスクアセスメントの方法:実施順序と機械の使用される状況の内容(ただし、繰り返しがない)(図4参照)

6) 製造者等による安全方策の実施:3ステップメソッド,安全方策を施して新たな危険源,リスクを増加させないこと(図3参照)

 

7) 製造者等が行う安全方策の具体的方法等:

・本質安全設計

・安全防護

・追加の安全方策

・使用上の情報(提供方法,提供内容)

・留意事項

 

8) リスク低減のための措置の記録:リスクアセスメントの結果,リスク低減措置の記録

9) 事業者によるリスク低減の手順:使用上の情報の確認,必要に応じてリスクアセスメントの実施

10) 注文時の条件:注文する時は,本指針の趣旨に反しないように配慮すること

 本基準には、具体的な内容を示す別表が1から6まで添付されている。この包括安全基準の内容についてこれ以上詳しく述べるゆとりはないが,基本的な考え方についてその特徴だけを纏めてみると次のようになる(本基準が基礎としている国際安全規格ISO12100(2)に付いては,文献(6),(7)に詳しい)

(1)すべての機械を対象に,製造者と事業者の両方がこの指針に従って安全方策を行わなければならない(国際安全規格ISO12100は,基本的には設計者,即ち製造者を対象としているのに対して、本基準は両者を対象としているところに特徴がある)。

(2)機械の安全化の手順が決められていて(図3参照),まず最初に機械の製造者が安全な機械を作ることを要請し,製造者からの情報を基に事業者が始めて教育等の安全方策を施さなければならない。

(3)製造者が施さなければならない安全方策にも順番があって,1)本質安全設計,2)安全防護及び追加の安全方策,3)使用上の情報の作成,の順(スリーステップメッソドと言う)に実施しなければならない。

(4)リスクに基づく安全の確保が基本であり,リスクアセスメントを実施しなければならない(図4参照)。なお、国際安全規格でのリスクアセスメントでは、許容される安全まで安全対策を繰り返さなければならないとされているが、本基準の図4では、許容される安全まで低減出来ない場合でも使用上の情報を提供する事で事業者に任せることを前提として、事業者に渡すことが可能になっていて、ここが根本的に異なっている。

 

<<図3 機械安全化の手順 入る>>

 

 

<<図4 製造者等が行うリスクアセスメントと安全方策の手順 入る>>

 

5.機械システムの安全性に関する今後の在り方

5-1.国際安全規格と我が国の安全

これまでの我が国の機械安全と,国際安全規格における安全の考え方とでは,根本的にどこに違いがあるのであろうか。際立って違っているところは,

(1)   我が国はゼロ災を目指す,すなわち建前上は絶対安全を標榜しているが,国際安全規格では許容されるリスクを以って安全としている,すなわち絶対安全必ずしもを求めていない

(2)   我が国では現場の作業者の注意や訓練で安全を確保することを目指しているが,国際安全規格では,まず最初に製造メーカに安全な機械を作ることを義務付けている,すなわち人間の注意だけでは安全は確保できないと考えている

(3)   我が国では,個別の機械ごとに構造規格として安全規格が定められて固定されているが,国際安全規格では,すべての機械に適用できるような一般的な安全要求基準を決めており,規格のない新しい機械にも適用できるようにし,かつ,安全要求基準を満たすような新しい安全技術の誕生を促している,すなわち技術の進歩にいつでも付いて行けるようにしている

ことであろう。なお,国際安全規格では,ISO9000ISO1400と同様に,認証制度の存在を大前提としている。認証制度に関しては,ヨーロッパは長い歴史を有しているが,我が国では余り馴染みのない考え方であることも大きな違いとなっている。

5-2.これからの我が国の安全規格の在り方

一般に,機械の作業で事故に遭わないようにするためには,すなわち,機械システムの安全性を実現するためには、主に、

・機械そのものを安全に作る(メーカの役割)

・使用する作業者が注意をする(作業者の役割)

・管理・運営を徹底する(事業者の役割)

・規格、法規制で支援する(業界、国の役割) 

等の方法がある。これらはバランスのとれた、統一した思想の下で,システム的,組織的な取組と運用がなされていなければならない。

製造メーカに対して,安全な機械や装置を作らせ,安全な機械を流通させるためには,インセンティブが必要である。現在の我が国の状況を考えると,ヨーロッパタイプ,すなわち国が安全要求基準を明確にして,それを満たさない限り流通を認めないとし,そして具体的な規格はJIS規格を準用するという形から入るのが最も無理がないかもしれない。前述したように「労働の現場で使用する機械設備は,この包括安全基準を満たすことを要請する,具体的な個別機械の構造規格はJIS規格として定めてこれを満たせば包括安全基準を満たしたと見なす,基準を満たしているか否かの検定は民間の認証機関に任せる,そして少なくとも,現在,厚生労働省が特に危険な機械として指定して強制規格として定めている特定の機械の構造安全規格は,この包括安全基準を満たすように改定する」,これが当初,本基準の作成検討委員会のメンバーが思い描いていた図であった。残念ながら今回はそれに向けて一歩を踏み出したに過ぎない。確かに包括安全基準を労働安全衛生法の一部に入れて,強制法規にすることが良いことか否かは,議論する余地は十分にある。絶対安全はありえない以上,事故が起きる可能性は常に有している。責任問題を考えた場合,強制安全規格と言うものが成り立ち得るのか否か疑問の余地がある。しかも,自ら自主的に安全を確保していくという世界の流れにも反する。しかし,我が国の製造メーカの「一斉にやらなければならないのであれば従うし,その技術的能力は有している。しかし,抜け駆けを許すようであれば,即ち任意であるならばやらない。なぜならばコストが上がり,必ず抜け駆けをする企業が現れ,真面目にやった企業が競争に負けるからである。」と言わなければならない現状を見過ごしてはならない。わが国としては少なくとも当初は強制法規にしてみたらと言いたくなる面が確かに存在する。

今回の包括安全基準が通達とは言え、まがりなりにも公表されたことは、極めて影響が大きいと言えよう。なぜならば、危険な機械を製造、流通させて事故が起きた場合、確かに刑事事件にはならないかもしれないが、PL問題を考えた場合、明らかに民事事件として,PL法の対象になることは明らかである。既に正しいやり方が公表されていて、そのやり方が既に分かっているからである。

 労働者を守る厚生労働省と製造業の発展を支援する産業経済省とは,安全な機械設備で結びついており,両省の協調なくしては包括安全基準の目指すところの真の実現は難しいだろう。更に,認定・認証・検定制度,保険制度,PL法も含めて法律の一貫性,等の制度的な整備も必要である。今後,改めて欧州の歴史と現状に学び,我が国に適した仕組みを見出していく努力と,機械安全,労働安全の在り方を根本的に構造的に改革をして行く必要がありそうである。

今回,指針と言う比較的軽い扱いをされているように見えるが,真に労働者の安全を守り,機械産業の発展を促進するという両面から,包括安全基準の目指すところは,実現させなければならないものであると同時に,必ずこの方向に定着していくものと期待している。その理由は,次のとおりである。まず,世界的に,特にアジア地区も含めて,我が国の回りはこの国際安全規格の方向に統一しつつあり,一人我が国だけ独自の道を行くのは難しくなること,世界的な規模の我が国の企業は,国内外を分けるのではなく統一した仕様で行かざるを得ないので,いち早くISO12100の方向,即ち包括安全基準に沿うことになり,国内の納入業者もこれに併せざるを得なくなるだろうこと,世界に飛び出したい企業はこれを採用せざるを得ないし,採用することで世界に飛躍できるチャンスが生まれるだろうこと,労働災害を発生させるような企業はイメージダウンを余儀なくされ信用をなくして企業の存在そのものが怪しくなる時代に向かいつつあること,我が国でも作業者の意識が高まりPL法が頻繁に適用されるようになり,企業防衛の点からも重大な労働災害を発生させてはならなくなるだろうこと,等々からである。このような状況を考えると,近々,包括安全基準に則って認証をする民間企業が生まれ,自ずと日本の産業界に包括安全基準が定着するようになると期待している。その時,厚生労働省と産業経済省とが協力をして本格的に法制度等を整備して日本の安全に関して産業界を支援することを望みたい。もしかしたら,この方向が我が国にとって最も望ましい形なのかもしれない。その為には,まず最初に、本包括安全基準の存在を幅広く知ってもらって,その内容を理解して貰う必要がある

 

6.まとめ

最近,韓国やシンガポールに日本のある種の電気製品が輸出できなくなったという報道を耳にすることがある。安全規格を満たしていないからである。日本を取り巻くアジア諸国もISOやIECの安全規格を採用し始めているのである。

我が国では,現場の作業者が優秀であったために,作業者の教育・訓練を主体とした安全活動を中心に労働安全が実現されてきたが,運動を中心とした労働安全は,その役割を終り,機械そのものを安全にする設備の安全化の時代に入った。

21世紀の安全として最も望ましい形は,産業界が例えば今回の「機械の包括的な安全基準」に則って,矜持と倫理観と使命感を持って製品に安全を作り込んで行き,自主的に適合宣言をするか,特別に危険な機械については第3者機関を通じて認証を行い,政府はこれらの制度を支援するというものではないだろうか。自主適合宣言されていない,または認証を受けていない機械や装置に対しては,ユーザや作業者は異議申し立てを行い,保険会社も高額な保険を要求することで,実質的にそのようなものは流通することが困難なようになることである。このためには,国民全員が安全の重要性を認識し,大事にする文化が必要になる。

生活をしている限り絶対安全はあり得ないのであるから,リスクを以ってお互いに冷静に,合理的に安全を語り合える社会を構成したいものである。 この実現に向かって,中小企業といえども,いや,中小企業だからこそ,倫理観を持って,危ない機械に対しては製造メーカに物申して,安心して高度な技術を用いて世界に冠たる製品を作り上げて行くことを目標にしなければならない。そのためには、国主導ですべて国が決めてくれて、それに従っていれば良いと言う風潮はもはや打破しなければならない。民間が自分達の問題として、機械設備の安全化から始まって、人間工学を含んだヒュ−マンエラーの防止まで,予防安全に関して自主的に活動し、自主的に常に高い安全を実現する努力をしてそれを宣言して行く考え方が是非とも必要である。機械安全や設備安全に関して、一刻も早くわが国でこのような動きが始まる事を節に願うものである。

筆者は,「安全技術を確立することでコストは下がり、使い勝手がよくなり、効率が良くなり、ひいては環境にも貢献することを身を以って実証することが重要である」ことを提唱し,「安全の技術と思想の確立をもって世界に貢献し,“安全立国”を掲げ、“安全”の理念を以って我が国の国是としたいものである」(8)ということを思いつづけている一人である。

 

参考文献

 

(1)向殿政男:機械システムの安全性―-国際安全規格と日本の現状――,安全工学,Vol.**, No.**, pp.**--**, 2001-*

(2) ISO/DIS12100(2000)”機械類の安全性ー基本概念、設計のための一般原則”


(3)厚生労働省労働基準局長:機械の包括的な安全基準に関する指針について,基発第501号,平成13年6月1日2001

(4) TR B 0008,0009(1999):”機械類の安全性‐基本概念,設計のための一般原則―第1部:基本用語,方法論,第2部:技術原則,仕様”,日本工業標準調査会,日本規格協会

(5)向殿政男:「機械の包括的な安全基準に関する指針」の課題と期待,安全スタッフNo.1858, 2001・6・25号, pp.14—18, 2001

(6) 向殿政男(監修)日本機械工業連合会(編)(1999):”ISO 「機械安全」国際規格”、日刊工業新聞社

(7) 向殿政男(監修)(2000),安全技術応用研究会(編)(2000),国際化時代の機械システム安全技術,日刊工業新聞社

(8) 向殿政男:機械分野における事故の未然防止の取り組みと国際安全規格,品質, Vol.30, No.3, pp.255—259, 日本品質管理学会,2000-7


1:労働災害における死亡者数の推移


 

      

       

図2 働く人の注意と機械設備の安全化     

 

 


 

図3 機械安全化の手順(3)

 

 

図4  製造者等が行うリスクアセスメントと安全方策の手順(3)