サイエンティフィック・システム研究会                      2001824

研究教育環境分科会 第1回会合資料

 

 

CCC(サイバー・キャンパス・コンソーシアム)の期待と課題

 

 

明治大学 理工学部 情報科学科

向殿政男

masao@cs.meiji.ac.jp

 

1.    はじめに

「大学を待ち受けている冬の時代」、これはもう耳にたこのフレーズです。確かに18歳人口の減少の予測ほど確実な予想はありません(いや、これは予測ではなく現実です)。既に足元に押し寄せる波に翻弄されている教職員から、危機感をまったく感じない教職員まで、現実の対応は、大学や人によって千差万別です。アメリカの某大学が衛星を通じて世界中に授業の内容を無料で公開・配信するというニュースにはびっくりさせられました。やっと遠隔授業だけで単位が取れる方向に動き出しつつあるわが国の現状に対して、既に相当の隔たりが存在するだけでなく、教育のグローバル化は必須の流れであることを実感されられたからです。明らかにわが国の大学を取り巻く環境は劇的に変りつつあります。このIT革命を中心とした新しい波に対応しない限り、大学としての生き残りは難しそうなのは誰の目にも明らかなように見えます。しかし、情報環境の整備に多額の費用を要し、教育コンテンツの開発は想像以上に困難を伴い遅々として進まず、どのような教育方法が真に教育効果をあげるのか明確でない現状では、私学を初めとして各大学は対応に躊躇せざるを得ないのが、特に、規模として中堅以下の多くの大学では、費用、人材、ノウハウ等の点から対応したくても出来ないのが、現実ではないでしょうか。

私情協(私立大学情報教育協会)は、これまで、私学の情報環境整備の向上に努力して来て、それなりの一定の成果を上げてきたことはご承知のとおりです。“情報教育の実施”から“教育の情報化”へと進展して来た私情協の事業内容も、昨年あたりからは、事業の主眼点を“情報環境の整備”から、“情報技術を利活用した教育内容の質的向上”へ、特にコンテンツの開発へとシフトしつつあります。そして、今年度、私情協では、多くの大学がネットワークによる連携を通して、IT技術を活用した教育方法を実践・促進する事を目的として、CCC(サイバー・キャンパス・コンソーシアム)事業を展開することになりました。やっとそういう時代を迎えたかという積極的な意見から、教育の画一化だという意見まで、また、是非共同で協力して授業を充実させてみたいという意見から、他人の授業なぞ利用したくないという否定的な意見まで、さまざまな意見が聞かれますが、冬の時代を迎える大学が、限られた資源の中で、活き活きとした、学生に魅力のある教育を実践するためには、「共生の中での競争化」、「ユニーク化の下での協調」といったCCCの目指すところは不可欠であろうと思われます。

 

2.    CCCのねらいと提案内容(1)

「ネットワークを利用した授業を通じて、情報ネットワーク社会に相応しいカリキュラムの多様化および教育のグローバル化に対応した教育機会の提供を目的として、サイバー・キャンパス・コンソーシアム(CCC)を組織し、教育機関の教育研究活動の活性化と社会への教育のオープン化を促進する」というのが、高々と掲げている本CCCのねらいです。もう少し具体的に言えば、「大学のアイデンティティを尊重しつつ、大学の枠を越えて可能な範囲内でネットワークを介して大学間相互で教育の連携を図り、授業の質的向上を図る」ことを目的として、「一大学ではなし得ない多様かつ国際的に通用する教育の提供を効果的に推進するため」にネットワーク上でCCCを形成するものです。従って、「情報通信技術を活用した新しい教育方法、教育環境について大学が連携して実践的な研究を行い、望ましい教育を実現・促進するとともに、ネットワークによる連携を促進し、大学運営に寄与すること」が当面の目的となります。

まず、CCC事業の設立に当たって、私情協の基本的なスタンスを明確にしておく必要があります。私情協は私立大学等を対象にこれまで事業を展開してきましたが、このCCCは将来的には、私学だけでなく国公立も含んで、更に外国の大学も包含した包括的なものを想定しています。また、私情協が主導権を以って教育の内容を取りまとめて行こうとするものではなく、各大学、各教員のアイデンティティ、個性を尊重する事が基本であり、私情協は教育研究活動の協力のための共通の基盤を提供する事に専念し、各大学、各教員は、その上で多様な教育活動の華を咲かせて頂くための支援をする事にCCCの真の目的があります。従って、本格化した場合にも、どのような授業を配信し、受信するかは、また、どのように成績評価をし、単位認定をするかはすべて各CCC加盟校に任されることを想定しています。また、ネットワークによる連携には、教育事務や情報通信施設の共同運営等も考えられますが、CCCはまったくこのようなことは想定していなく、目的遂行のために必要な情報通信環境を共同で検討する事は有り得ても、あくまでも教育のコンテンツの共同開発、教育の連携実施等が主眼であることに留意する必要があります。

さて、ネットワークを利用して幾つかの大学が共同・連携をして教育研究の質的向上を狙う場合、どんなことが想定されるのでしょうか? CCCでは、当面考えられる事業の具体的なイメージの例として、例えば次のようなものを挙げています(1)

1.シラバスとITを活用した授業運営情報の共有

          例えば、私情協のポータルサイトから各大学の授業科目ごとのシラバスが閲覧できる。---各大学にリンクを張る(以下同様)。

2.演習・練習問題、試験問題等の共同使用

・例えば、授業科目ごとに演習・練習問題、過去の試験問題等を閲覧・使用できるようにする。

3.教材・素材等の共同使用

・例えば、授業科目ごとのグループを形成し、教材・素材等を閲覧・使用できるようにする。

4.基礎学力の学習を補完するための教材環境を大学間で共同構築

・例えば、基礎的な教育を学習できるようなソフトのデータベースを構築する。

5.教材の共同開発

・例えば、グループを構成し、大学間が協力をして教材作成を共同開発する。

6.授業の支援及び共同・合同授業

例えば、ネットワークを介して、オンデマンドでコンテンツを送信し、授業を支援する。

例えば、ネットワークを介して、大学間で学習成果の講評を行う。

例えば、ネットワークを介して、複数の大学教員で共同して授業を行う。

例えば、自大学にない授業をネットワークで合同授業をする。

例えば、大学外の専門家を公募してネットワークで授業を支援する。

例えば、特定の授業を複数大学がネットワーク上でチームを組み、学生による意見発表を中心として合同授業を行う。

例えば、外国大学とビデオ・オンデマンド方式で授業の連携を図る。

7.ネットワークによる生涯学習プログラムの共同運営

例えば、複数大学で生涯学習プログラムを分担構築し、ネットワークで授業の配信を行う。

8.IT技術のネットワーク支援

例えば、私情協のポータルサイトを介して、賛助会員も含めて、教材等の電子化を促進支援する。

9.ネットワークを介した大学知的著作物の権利処理

例えば、私情協が知的著作物の権利者やコンテンツ等属性の明確化、及び利用許諾等の著作権処理を行う。

10.ネットワークによる施設・設備等の共同購入と共同運営

・例えば、電子出版物等をネットワークで共同購入の仲介等を行う。

 


3.    参加各大学の反応

私情協では、上記のCCCの目的を掲げて、当面、(必ず参加するという意味ではなく)このようなことを検討するプロジェクトを発足させることにして、参加希望校を募ったところ、関東で19校、関西等で17校が手を挙げました。これに従い、この36校の代表者で2001年6月9日に第1回のプロジェクト会議を発足させ、CCCの目的とあり方に対する意見、当面出来る可能性のある事業、解決すべき課題等の議論を開始しました。経験の深い大学からまったく初めての大学まで、理解のある大学からコンセンサスを得るのが困難な大学まで、積極的な大学から否定的な大学まで、千差万別でありました。

これらの討議を通して、肯定的な意見には、一般的なIT技術を用いた授業のメリットに加えて、

     大学の場所が遠いので、諸大学と単位互換も含めて、遠隔授業等のニーズは高い。

     個々の教育コンテンツに対して双方向性を持たせることで多様な学生に対応できるようになる。

     ある程度実益の上がるところから早急に実行したい。

     我が国ではこれまで、個々の教員が取り組んでいる場合が多いので、このような試みは重要である。

     教材等の電子化促進、共同開発に対して、期待が大きい。

     著作権問題は深刻になるので、私情協で取りまとめて貰うのは有り難い。

等々がありました。一方、否定的な意見には、学内、各教員のコンセンサスを得るのが難しいと言った一般的な意見と共に、

     マンツーマンの指導が根底にあり、教育の画一化に繋がることが危惧される。

     個々の大学・学科でレベルが相当違うので、一斉授業の遠隔配信にはどれほど効果が上がるか疑問である。

     教育現場のコンテンツは、多くは未完成で絶えず変化していくもので、一般公開できる状態ではない。

     個々の大学で取り組むべき問題で、私情協が実施する必要はないのではないのか。

等々の意見が出ました。その中で、

     学生の質問に7割程度は答えるエキスパートシステムを構築してはどうか

     各テーマに関して、さまざまなグループを構成して、共同研究・開発をしたらどうか。

     Webベースの小テスト実施と解析システムの共同開発はどうか。

     ハード、ソフト、コンテンツの標準化を考えたらどうか。

     教養系科目、基礎情報系の授業をサポートするようなコンテンツから始めたらどうか。

     有益なリアルタイム型遠隔講義モデルの提案を目指したらどうか。

等々の提案もなされました。

現在、私情協では引き続きCCCのプロジェクト会議を開催中で、第2章に例示した10個の当面の具体的イメージに対して、参加各校の意見を徴集しました。その結果、参加の意思有り、または参加に肯定的であると言った意見の方が、不参加または保留と言った否定的な意見より多かった項目は5割を超えており、1、3、4、5、6、9、でした。一方、否定的な意見の方が多かったものは、8、10の2項目であり、それ以外の2、7の項目は半々でした。

 

4.    当面の進め方 

上記の意見を総括すると、「各テーマに関して、希望する大学が自主的に参加するさまざまなグループを構成して、出来るところから実施していき、私情協はそれを側面から積極的に支援していく」、というのが現在、進めるべき最も適切な道と考えられます。この方向で、当面、私情協はCCCを進めて行くのが得策と思われます。今後、CCCの目指すべき方向に向けて、賛助会員の援助を受けつつ、かつ、必要な国庫助成による援助を確立することも視野に入れつつ、試行錯誤を繰り返しながら努力することが、これからの私情協にとっての新しい事業の方向であると考えます。

私情協が主催している第10回情報教育推進のための理事長・学長等会議(2001年8月4日開催)(1)で、CCCに関して次のような決議を採択しました。

     一つ、我々は、教育の質的向上を図るために、ネットワークを介した大学連携を実現する

     一つ、我々は、補助金を活用して教材・資料等授業の電子化を積極的に推進する

     一つ、我々は、教育支援のための体制、環境作りを大学共通の課題として、積極的に対応するよう努める

     私情協は、国内外の大学とサイバー・キャンパス・コンソーシアムを形成し、教育改革に貢献する

 

5.    あとがき

教育の情報化が始まった時、我々は何を新しく出来るかと期待したのでしょうか?例えば、

     これまでの教育に纏わる雑用から少しは免れるかも知れない

     これまで教育の質の向上のためにやろうと思っていても物理的・時間的に出来なかったことが出来るようになるかも知れない

     私学にとって避けて通れないマスプロ教育の質を上げることが出来るかも知れない

     教員と学生との双方向のコミュニケーションに基づく教育が出来るようになるかも知れない

     これまで効果が上がらなかった遠隔授業や生涯教育が実施できるかもしれない

     これまでは考えられなかったような創造的でユニークな教育が出来るかも知れない

等々、色々な期待を以って導入に努めて来ましたが、最近のIT技術の進歩で、可能性は更に格段に広がりました。しかし、現実には、忙しさが増す一方で、教育すべき中身、すなわちコンテンツの開発が如何に大変なものであるかを実感しつつあります。これは、大学同士がお互いに、協調し、連携する以外に道は無さそうです。

教育にIT技術を活用することは、教育の基本理念である“機会の平等”の実現にも、また、情報公開を通して相互評価や社会からの評価によって特色ある充実した教育の実施にも、更に大学冬の時代と激動の時代を迎えつつある中、努力するユニークな良い大学の存続に資することの大なるは明らかです(2)。一方で、大学はあくまでも人間教育が中心であり、教育はフェイス・ツー・フェイスが基本であることは明確であり、IT技術による遠隔授業の利点は分かるが、対人関係の育成に弊害が出るのではないか、教育の画一化を強めるのではないかと言った負の面も忘れるわけには行きません。

このような認識の下、各大学、各教員のアイデンティティ、個性を尊重する事を基本として、各大学、各教員は、その上で多様な教育活動の華を咲かせて頂くための検討、実施を試み、私情協はそのための共通の基盤を提供する事に専念するという基本思想に基づく今回のCCCの目指すところは、我が国の今後の教育研究のあり方にとって極めて重要であると信じます。

共生の中での競争、ユニーク化の下での協調、これが今後の魅力ある大学作りには不可欠です。

 

 

参考文献:
(1)    「サイバー・キャンパス・コンソーシアムの発足に向けて」,第10回情報教育推進のための理事長・学長等会議検討資料,(社)私立大学情報教育協会,pp.41-60, 2001-8
(2)    向殿政男,これからの大学の役割、1999年度教育研究支援専門研修会報告書、(社)私立大学連盟,pp.19-32, 2000-3