ISO12100の今後の影響とこれからの安全規格の在り方
1.
国際安全規格と我が国の安全
これまで,国際安全規格のうちの最も重要なISO12100について,安全の考え方と安全確保の手順や戦略などについて解説して来ました。そこでの考え方と我が国の現状とでは根本的にどこに違いがあるのでしょうか。際立って違っているところは,
(1) 我が国はゼロ災を目指す,すなわち建前上は絶対安全を標榜しているが,国際安全規格では許容されるリスクを以って安全としている,すなわち絶対安全必ずしもを求めていない
(2) 我が国では現場の作業者の注意や訓練で安全を確保することを目指しているが,国際安全規格では,まず最初に製造メーカに安全な機械を作ることを義務付けている,すなわち人間の注意だけでは安全は確保できないと考えている
(3) 我が国では,個別の機械ごとに構造規格として安全規格が定められて固定されているが,国際安全規格では,すべての機械に適用できるような一般的な安全要求基準を決めており,規格のない新しい機械にも適用できるようにし,かつ,安全要求基準を満たすような新しい安全技術の誕生を促している,すなわち技術の進歩にいつでも付いて行けるようにしている
ことでしょう。なお,国際安全規格では,ISO9000やISO1400と同様に,認証制度の存在を大前提としています。認証制度に関しては,ヨーロッパは長い歴史を有していますが,我が国では余り馴染みのない考え方であることも大きな違いでしょう。ここでは,我が国では余り浸透していないリスクと安全の関係について,もう一度で振り返って見ましょう。リスクとは,身体的傷害や健康障害がどのくらいの頻度で起り,起きたときどのくらいの酷い被害になるかの組み合わせであって,ある程度は大きさで評価できると考えています。そして,図に示すように,安全対策を施すことでリスクを下げ,残留リスクがその時の社会的な価値観から許容できたり,これくらいのリスクならば受け入れられるというとき,安全と考えることにしています。従って,安全といっても常にリスクは残されているのです。
2.ISO12100の現状と我が国への今後の影響
ISO12100は,実はまだ国際規格として正式には発効していません。TR(技術情報),CD(委員会ドラフト)を経て, 2000年11月にDIS(国際標準ドラフト)が賛成多数で認められ,現在,FDIS(最終国際標準ドラフト)になろうとしているところです。2001〜2002年に成立の見込みです。
このような世界的な流れの中,我が国では現在,経済産業省(前通産省)でISO, IECの機械安全に関する国際安全規格のJIS化を急いでいます。ISO12100も国際規格化と同時にJIS化される予定です。厚生労働省(前労働省)では,ISO12100に従い機械安全の包括基準を定めようとしています。一方,アジアでも,各国の国内安全規格をISO,IECに整合化し始めています。我が国は,外から中から,突然,ISO12100の安全規格の考え方に晒される事になり,今から準備しておかないと付いていけないことになると予想されます。
3.
これからの安全規格の在り方
製造メーカに対して,安全な機械や装置を作らせ,安全な機械を流通させるためには,インセンティブが必要であると言われています。強制法規で罰則を与えるか,PL訴訟等で法外な賠償金を払わされると言う金の面から攻めるか,それとも,企業の倫理観に訴えるのか。現在の我が国の状況を考えると,ヨーロッパタイプ,すなわち国が安全要求基準を明確にして,それを満たさない限り流通を認めないとし,そして具体的な規格はJIS規格を準用するという形から入るのが最も無理がないかもしれません。これは,近々,厚生労働省から省令として出されるであろう機械安全の包括基準を労働安全衛生法の中に取り入れて強制法規とすれば,曲がりなりにもすぐにスタートすることが可能な形です。厚生労働省,経済産業省等の政府機関の英断を期待したいところです。しかし,21世紀の安全として最も望ましい形は,産業界が自主的に安全基準を設定し,矜持と倫理観と使命感を持って製品に安全を作り込んで行き,第3者機関を通じて認証を行い,政府はこれらの制度を支援するというものでしょう。認証を受けていない機械や装置に対しては,ユーザや作業者は異議申し立てを行い,保険会社も高額な保険を要求することで,実質的にそのようなものは流通することが困難なようになることです。このためには,国民全員が安全の重要性を認識し,大事にする文化が必要です。
4.おわりに
21世紀,我が国を安全技術情報の発信国,安全文化の豊かな国にしたいものです。そのためには,人間尊重,人命重視を第一にするという風土,安全のためには何でもすると言う意識を我が国に根付かせたいものです。そして,生活をしている限り絶対安全はあり得ないのですから,リスクを以ってお互いに冷静に,合理的に安全を語り合える社会を構成したいものです。 この実現に向かって,中小企業といえども,いや,中小企業だからこそ,倫理観を持って,危ない機械に対しては製造メーカに物申して,安心して高度な技術を用いて世界に冠たる製品を作り上げて行くことを目標にしようではありませんか。
筆者は,「安全技術を確立することでコストは下がり、使い勝手がよくなり、効率が良くなり、ひいては環境にも貢献することを身を以って実証することが重要である」ことを提唱し,「安全の技術と思想の確立をもって世界に貢献し,“安全立国”を掲げ、“安全”の理念を以って我が国の国是としたいものである」(9)ということを思いつづけている一人です。
参考文献
[1]〜[8]は前回と同じ
[9] 向殿政男:機械分野における事故の未然防止の取り組みと国際安全規格,品質, Vol.30, No.3,
pp.255—259, 日本品質管理学会,2000-7