安全防護と使用上の情報とによるリスクの低減

1.             リスク低減のための3ステップ戦略

これまで紹介して来ましたように,機械安全を実現するための現在の国際安全規格における一番大事な基本的考え方の一つは,打つべき手順には順番があって,それは,

(1)   設計(本質安全設計)によるリスクの低減

(2)   安全防護によるリスクの低減,

(3)   使用上の情報によるリスクの低減,

という順番で行わなければならないということです。これは,通常,3ステップ戦略と呼ばれているということは既に紹介しました。ここで解説しているISO12100(1)は,「機械安全のための基本概念,設計のための一般原則」を述べている最も基本的な規格(A規格)ですが,その上に安全規格を作成するための指導原理を記しているガイド51(8)というのがあって,そこに既にこのことが記述されていています。A規格だけでなく,グループ規格であるB規格,個別規格である数多くのC規格でも,この3ステップ戦略の考え方は貫かれています。すなわち,最初に考えなければならないことは,はじめから危険源が無いように考えて機械を設計しろと言うことです。道路の例でいえば,交差点を作る前に立体交差を考えろと言うようなことです。これが「(1)設計(本質安全設計)によるリスクの低減」であって,このことについては前回,詳しく紹介しました。今回は,その次に打つべき手である「(2)安全防護によるリスクの低減」及び,「(3)使用上の情報によるリスクの低減」について解説をしましょう。

 

2.             安全防護によるリスクの低減

 設計ですべての危険源が無くなれば,何の問題もありません。しかし,現実には,どうしても危険の可能性,すなわちリスクが残ります。設計によるリスクの低減が技術的に困難であったり,コストを考えた場合には非現実的であったりするからです。この残ったリスクが受け入れられない,すなわち安全とはいえない場合には,次に安全防護によるリスクの低減という手段をとることになります。具体的には,ガードで危険なところを囲ってしまえということです。これは前回紹介した「隔離の原則」,すなわち人間がそばに居なければ安全であるという考え方に基づいています。しかし,実際には作業,修理,調整等のために機械に近づかない訳にはいかない場合があります。その時にはガードを開けなければなりませんが,ガードを開ける時には機械を止めてしまえと言うことです。すぐに止まらない場合には,止まるまでガードに鍵を掛けて開かないようにしろということです。これは前回紹介した「停止の原則」,すなわち機械は止まっていれば安全であると言う考え方に基づいています。このISO12100の第2部(3)には,各種のガードの紹介と,ガードに関する要求事項が詳しく述べられています。

 

3.使用上の情報によるリスクの低減

安全防護をしても,すなわちガードをしてもまだで安全と言われるまでにリスクを低減できない場合があります。例えば,ガードを開けた場合に機械を完全に止めてしまったら教示も調整も出来ない場合などがあるからです。その時には,ここにはこのような残ったリスク(残留リスクと言います)があることを伝えて,警告を与えなければなりません。それは警報であったり,表示や警告文であったり,また,そのリスクを人間が注意をして回避するための方法を記したマニュアルであったりします。これが使用上の情報によるリスクの低減と言われるものです。ここで大事なことは,合理的に予見可能な機械の誤使用を除外してはならないと明記されていることです。普通の人がなにげなくやると予想されるような誤った機械の使用法が危険を招く可能性がある場合には,そのこともリスク低減の対象としなければならないとこの規格には記されています。そして,最も大事なことは,「使用上の情報で設計上の不備を補ってはならない」と明記されていることです。先に手を打つべき(1)設計によるリスクの低減や,(2)安全防護によるリスクの低減をやらずに手を抜いて,警報や警告ラベルをべたべたと貼っただけで済ませることはあってはならない宣言していることです。本規格には,使用上の情報の作成方法などが詳しく述べられています。

なお,追加予防策として,

・ 非常停止装置

     捕捉された人の脱出・救助に関する予防策

     遮断及びエネルギーの消散に関する規定

等も記されています。しかし,これらは正規のリスク低減方策でなく,あくまでも予備的な追加予防策であることに注意してください。非常停止装置があるから安全であるなどというのは論外だということです。

 

4.製造者と使用者の関係

 実は,ISO12100が規定しているのは,機械を設計する設計者に対してです。すなわち製造者に対する規格なのです。リスクが低減された安全な機械をまず製造メーカは作り,これをユーザ,すなわち使用者に使用上の情報と共に渡すことになります。使用者は,この使用上の情報に基づき,作業手順を作り,必要ならば個人防護具を付け,訓練をして安全を確保することになります。この製造者と使用者との関係については第2回でも簡単に触れておきましたが,詳しく図示したのが下図です。 訓練が最後の最後になっていることに注意してください。なお,ユーザが機械を改良したり,幾つかの機械を組み合わせたりする場合には,この規格はユーザにも適用されます。

ます最初にやることは,安全のことが一番良く分かっている製造メーカが安全な機械を作ると言うことです。危ない機械を作っておいて,それを使用者が注意をしながら訓練,教育で安全を確保すると言うのは,間違っていると言っているのです。これが現在のグローバルスタンダードになりつつある国際安全規格の考え方です。我が国は,機械安全や労働安全に関してそろそろ考え直さなければならない時期に来たようです。

 

参考文献

[1]〜[7]は前回と同じ

[8]ISO/IECガイド51:安全面--規格に安全に関する項目を導入するためのガイドライン