第3章 暗号技術の遷移








3−5 RSAの特許問題

このように、ジマーマンのPGPには公開鍵暗号RSAが使われているわけ ですが、ここにひとつの大きな問題があります。それは、このRSAは、特許 申請がなされており、公開鍵暗号のソフトはRSA社が特許に基づき独占して いるということです。米国ではアルゴリズムに対する特許が認められており、 RSAを開発した数学者3人の設立した会社がその独占使用権を持っていまし た。

したがって、ジマーマンの行為は特許法に違反しているということになりま す。実は、ジマーマンは社会正義の実現のために、あえて特許を無視してPG Pをつくり、配布していたということです。PGPは発表当初、アングラ(ア ンダーグラウンド)的な性質の強いソフトでした。

当然RSA社は、ジマーマンに自社の権利を侵されたことに抗議し、PGP の配布を防ごうと手を尽くしました。しかし、無料ソフトであるPGPは、イ ンターネットでとめどなく広がっていってしまいました。

そこでRSA社は方針を180°転換して、非商業用途に限ってRSA暗号 の使用を認めました。ただしそのソフトウェアの心臓部には「RSAREF」 と呼ばれる、RSA社が開発し、無料で配布するソフトを組み込んで使わなけ ればならない、と宣言しました。この「RSAREF」は、RSA暗号の心臓 部をプログラムにしたものですが、RSA社が商品として販売しているものよ り計算速度を落としてあります。

ジマーマンはさっそくPGPの心臓部にRSAREFを取り入れ、1994 年「PGPバージョン2.6」を発表しました。こうしてPGPには、特許侵 害の問題はいっさいなくなりました。

なぜRSA社は無料でRSA暗号技術を供与するなどという決定をしたのか といいますと、実はここにはしたたかな戦略がありました。すなわち、すでに 広がってしまったものなら、逆にその広がりを逆手にとって、RSAの公開鍵 暗号をインターネットでの暗号方式のディファクト・スタンダードにしてしま おうという考えでした。この作戦は大正解で、以降PGPに限らず、インター ネットで暗号技術を必要とするさまざまな無料のソフトウェアには、RSA社 の「RSAREF」が使われるようになりました。そして、ネットスケープ社 やマイクロソフト社がインターネット用の暗号ソフトとしてRSA社の製品を 採用するに至りました。