第3章 暗号技術の遷移








3−2 暗号の歴史を変えたアイデア

1975年IEEE(全米電気電子技術者協会)にディフィーとヘルマンの歴 史的論文が発表されました。「暗号学の新しい方向」という論文です。彼らの 発見した方法なるものをくだいて説明すると次のようになります。

「あなたが私から秘密の文章を受け取りたいときには、あなたは暗号の鍵を 2つ用意します。片方で閉めたら、もう片方でしかあきません。例えばAとい う鍵で閉めたら、もう1個のBでしか開きません。逆にBで閉めたらAでしか 開きません。そこで、まずどちらかの鍵をネットワークで私に送って下さい。 私はそれを使ってあなたに送る秘密文章に鍵をかけます。つまり、秘密文章を 暗号化するわけですから、中身は誰にも読めません。この文章をネットワーク であなたに送りますから、受け取ったあなたはそれを持っているもう片方の鍵 で開けてください。」




<図5>公開鍵暗号方式を使った場合の通信手順


つまり、重要なことは鍵が2つあることです。誰に知られても差し支えの無い 「公開鍵」と、もう一つの「秘密鍵」です。文章にどちらかの鍵で鍵をかけ(暗 号化し)、もう片方で鍵を開ける(解読する)のです。「公開鍵」でかければ「秘 密鍵」でしか開かず、「秘密鍵」でかければ「公開鍵」でしかあきません。「公 開鍵」でかけた暗号は決して「公開鍵」ではあきません。また「秘密鍵」でか けた場合も同じです。これが数千年の暗号の歴史を覆した革命的な「公開鍵暗 号法」です。

では、これを使ってどのように通信するのか、仮に太郎と花子がメッセージを 送る場合を考えてみます。




<図6>公開鍵暗号方式を使用した通信の例


(1)メッセージの受け取り手の花子は自分の持つ鍵の片方を、メッセージを 送りたがっている相手の太郎に通信回線を通して送り付けます。これを 「公開鍵」といいます。誰に見られても平気な鍵という意味です。
(2) 太郎はこの鍵を使ってメッセージを暗号化します。
(3) 太郎は暗号化されたメッセージを通信回線を通して受け手に送ります。
(4) 花子は受け取ったメッセージを「秘密鍵」で解読し通信ができます。自 分以外の他人には絶対に教えない鍵を「秘密鍵」といいます。


従来の暗号法では秘密の鍵を通信回線で送る際、それを盗聴されてしまうと、 後は通信の内容が全部解読されてしまうようになっていました。しかし、ディ フィーのアイデアだと、もし公開鍵を見られても、公開鍵で暗号文を解読する ことはできないのだからまったく安全です。この暗号方法こそ通信時代に最も 適した暗号です。さらにすごいことに、この方法を使うとディジタルで署名を 行うことや、電子マネーなどで仮想取引を行うことも簡単にできるようになり ます。

しかし、この論文は公開鍵暗号というまったく新しい暗号のアイデアを提唱 したという意味で画期的でありましたが、実際にどのような数学的手法を用い てこれらの鍵を実現するかということについてまったく触れていませんでした。