5-1 電子政府が支える日本
中所ゼミナール
責任者:横沢隆紀
参加者:五十嵐圭、品田浩、神農弘一、杉戸勇太田中永、鳥光那美、西祐一郎、菱沼健太、吉田和晃
- まえがき
我がソフトウェア工学研究室では、情報化社会の未来と課題を考えるにあたって、テーマを国家と個人とした。この理由は自分たちが社会生活を送っているこの日本において、国家と個人は最大の枠と最小の枠だからである。情報化社会の未来を正反対の方向から調べていこうと考えた。
- 導入
昨年1月、「我が国が5年以内に世界最先端のIT国家になる」という目標を掲げた「e-Japan戦略」が決定された。
我が国のインターネット利用者数は平成12年末で約4700万人、対前年比74%増を記録し、インターネット普及率は平成11年末の21%から37%へと大幅に拡大する等、IT化の急速な進展には目覚ましいものがある。しかしIT化の進展は世界的な潮流であり、「e-Japan戦略」に掲げた目標を達成するには、これまでの政府の動きを一層加速していく必要がある。
特に今年は日韓共同でワールドカップが開催され、世界がインターネットと携帯電話を使うようになって以来初めて、世界から膨大な数の人々が日本を訪れることから、日本のIT革命が世界の人々に肌で実感され、評価される年となる。
このため、今回の「e-Japan戦略」及び「e-Japan重点計画」を各府省の平成14年度の施策に反映する年次プログラムとして、「e-Japan2002プログラム」(平成14年度IT重点施策に関する基本方針)を策定し、この基本方針に基づき施策を推進することにより、政府を挙げて重点的かつ戦略的にIT施策を一層積極的に実施していくということになっている。
平成14年度におけるIT施策については、以下の5本の柱を基本的な方針として、重点化を図ることとしている。
(1)高速・超高速インターネットの普及の推進
(2)教育の情報化・人材育成の強化
(3)ネットワークコンテンツの充実
(4)電子政府・電子自治体の着実な推進
(5)国際的な取組の強化
この中の(4)電子政府・電子自治体の着実な推進に着目した。
- 未来の予想、予測
電子政府・電子自治体の着実な推進についての具体的な方針は、『平成15年度までに電子政府を実現し、電子自治体の構築を推進すること』とされているが、そのためには必要な基盤整備を平成14年度中に進める必要がある。このため、『申請・届出等の電子化に必要とされる地方公共団体による公的個人認証サービス等のシステムの整備等の基盤整備を着実に推進するとともに、国における取組と歩調を合わせて、地方公共団体における取組が行われることとなるよう、これを支援する。また、全てのIT化の基礎となるセキュリティの確保に万全を期すこととする。』といった内容になっている。
それでは、未来の国家=電子政府とはどのようなものなのか。簡単に言うと電子政府とは、官公庁や自治体に対して行う申請や届出の手続きの負担の軽減、知りたい情報をすぐ引き出せる情報公開など国民に対する行政サービス内容の充実、高品質化に対する要求を電子化によって実現することを目的としている。もっと簡単に言えば、現実空間に存在する役所をウェブ上にも設置して,インターネット経由で国民の皆様(個人,法人,公務員も含む)に利用してもらうということである。
電子政府の機能には以下のようなものがある。
〇電子申請システム
〇公共発注機関による工事・物品・サービス等の調達業務
〇積極的な行政情報の公開
〇行政案内の一時受付・処理を一元的処理
〇文書の統合管理
このような政府の方針から、未来はこのようになっていると予想される。
例えば本籍が鹿児島で、現在は東京に住んでいるNさんがパスポートを申請するとしよう。海外旅行をするには、何はともあれ「パスポート」が必要である。Nさんはパスポートを作ろうとして、近くにある区役所の出張所に「パスポート欲しいのですけど…。」と尋ねると、「(説明書きを渡されて)ここにある必要書類をパスポートセンターに持って行ってください。住民票は発行できますけど戸籍謄本は本籍のある役所で受け取ってください。」と言われた。Nさんは困惑したが、結局電話をして返信封筒を送って戸籍謄本を送ってもらった。そしてスピード写真を撮り、最寄りのパスポートセンターの存在を明らかにして、申請して、数日待って…と、パスポートをもらおうと思ってから受け取るまで二週間はかかった。電子政府が実現すると、必要書類の入手、顔写真の撮影、そしてパスポートの申請、手数料の決済まですべて自宅のインターネットを利用して完了する。受け取りだけは写真と本人を確認しなくてはならないのでパスポートセンターに行く必要はあるであろうが、これまで無駄な時間を費やしていた申請が僅かな時間で完了してしまうのだ。
引越しを考えてみよう。「お任せパック」のようなサービスを用意している引越し屋もあるが、普通は自分達で荷造りして、荷解きをして、整理して…と、本当に大変である。しかも住民票の転出・転入、公共料金の届出などで役所へ行ったり、運転免許証の住所変更のために警察署へ行ったり、引越しに伴う様々な手続きはとにかく面倒である。これらの手続きを市役所の窓口で一度に済ませられるようになるのだ。さらに、自宅からインターネットを利用して手続きができるようになれば、24時間いつでも手続きが可能になるのだ。
選挙もインターネットを介して、24時間を投票ができる。開票に時間がかかるなど、選管委員が夜通しかけて行う開票作業もリアルタイムで推移がわかるのだ。当然、簡単に投票できるので国民の関心、投票率の向上にもつながっていく。
このようなシステムが浸透していくと、国民の中には生活の拠点となっている自治体と住所のある自治体が異なるということが起こると思われる。これは住所のある自治体では電子化が進んでいて必要な行政手続をすべてインターネットで済ませることができる上に、電子化による人件費の削減などで住民税が安いからである。しかし、働く上では住民税を納める町に住むのは不便なので実際の職場や生活の拠点は別の町にある。仕事や生活の上ではこちらのほうが便利だからである。こうなると住民税という観点から見ると、生活の拠点となる町は損をしていることになる。この損をしている町は住所を移してもらうために、住民税を安くするとかオンライン行政サービスを充実させるとか、逆にオフライン行政サービスのほうを充実させるという何かしらの差をつけなければならない。つまり、電子自治体が実現されることで自治体間の競争が活発化し,それと共に国民(住民)の選択肢は広がるという現象が起きるのである。自治体・政府は,今までとは比較にならないレベルでの経営・戦略手腕を問われることになる。自治体間にも競争原理が働くようになるのだ。
- 問題点、課題
上記のような未来の国家を考えたとき、以下のような問題点が浮かびあがる。
@申請者等の認証
インターネット等のオープンなネットワーク上では,国民と行政機関との間で送受信される電子文書について名義人の同一性,内容が改ざんされていないことを確認する仕組みが必要になってくる。つまり相手が誰であり,どんな権利を持っているのかといったことをお互いに確認できるシステムが必要なのである。
A手数料等の納付方法
行政手続には手数料が必要な場合があり,国や地方自治体の重要な財源となっている。税金の支払いなどもオンラインでできると便利である。そこで行政・国民ともに安心して利用できる使いやすい決済システムが必要になってくる。
B申請・届出等の到達時期等
インターネットは不確実なものであり,送信したデータがきちんと相手に届くという保証はない。そのため、国民から行政に送られる申請書類等の安全性を確保するシステムが必要になってくる。
C電子文書の原本性確保
コピーや改ざんが容易とされる電子文書の保存・管理について、少なくとも紙文書と同じぐらいの安全性・信頼性を確保しなければならない。
D情報セキュリティ対策
サイバーテロやハッカーによる攻撃が激増すると考えられる。
Eコンテンツの相互運用性の確保
各省庁や自治体において、異なった形式の電子文書が利用されては情報の共有・活用が困難になる。
F初期投資・ランニングコストの確保
多くの自治体が財政難に苦しんでいる中,電子自治体を構築するためのIT関連投資やメンテナンス等の費用を確保しなければならない。
G個人情報保護制度の確立
民間企業だけでなく、国や自治体によっても多くの個人情報が保有・利用されている。よって、それらの個人情報が悪用される恐れがある。
H自治体間の格差
この電子政府化に積極的な地方が勢いを得る一方で、何もしない、もともと財政面に余裕のない地方などの自治体は住民、企業の流出による税収の減少やコミュニティの崩壊により破綻するかもしれない。また、どうにかシステム構築を間に合わせようとIT企業にそのシステム構築を任せることになり、IT企業は新しいビジネスとして最盛期を向かえる。だがテスト期間も十分に設けることができないため、初期運営ではうまくいっていたのにメンテナンスで破綻する自治体が出る可能性もある。現在の民間企業のように破綻や財政難により、合併や吸収されたりする自治体も出てくるのだ。
- 問題の解決方法、見通し
@申請者等の認証
暗号技術を利用した電子署名・電子認証制度を用い、政府・企業・個人それぞれが電子的な証明書を持つことで解決できる。
A手数料等の納付方法
インターネットによる口座振込などの利用。オンラインショッピングに見られるように、いくつかの選択肢が提供され、利用者(国民)が好きな方法を選ぶことができるようになるのが望ましい。
B申請・届出等の到達時期等
到達主義(送ったデータが行政のシステムに届いた時点で申請等があったとみなす)を採用し、申請したデータの受付・受理を確認できるシステムを作る。
C電子文書の原本性確保
暗号技術等を利用し、コピーや改ざんができないようにする。
D情報セキュリティ対策
総合的・体系的な情報セキュリティ対策の実施を目指して、重要インフラのサイバーテロ対策やハッカー対策等の行動計画、情報セキュリティ評価認証体制を作る。
Eコンテンツの相互運用性の確保
統一的な仕様を定めて,コンテンツの相互運用性を確保することが必要になってくる。ファイル管理システムや白書等のデータベース等、基本的な部分は政府によって統一的に定めなくてはならない。
F初期投資・ランニングコストの確保
行政のスリム化、経営戦略の見直しといった努力なしには解決しない。電子政府・電子自治体の実現においては、必然的に行政経営・業務の改革を伴うのだ。
G個人情報保護制度の確立
民間を含めた個人情報保護に関する制度を確立して、国民が安心して電子政府・電子商取引を利用できるようにする必要がある。
- 考察、意見
解決方法Fに対し、次のような意見が出た。『言うは易しで、現実の行政機関や自治体の様子を見る限り、このような大々的な変革の希望は望めないと考える。まして平成15年度中になど、ほぼ無理に近いような印象がある。営利団体がこれを行ったとすると、この改革は消費者へのサービス向上ということで利益に関わってくる事となり、必然的に新たな課題へ取り組む姿勢となるに違いないが、国や地方自治体といった公共団体の場合、いくら国民により良いサービスを提供しても公務員一人一人の給料が上がるわけでもないので、動きはとても鈍いのでは。』
それに対し、『住民税とかの税収を考えると、焦ってくる自治体もあると思う。国だったら外国の目などもある。』という意見も出た。
このレポート全体の意見として、次の意見が出た。『現在では電子政府のような要望は国民の中でそれほど議論されてない(要望があまりない)から、行政や自治体もあまり積極的には動かないのではないか。』
この意見に対し、『要望があまりないということは、このことが国民に浸透していないからという理由が大きいと思う。簡単に言えば国民が電子政府のことを知らないのである。だからもっと政府とか自治体がPRしなければいけない。PRしてないわけではないと思うが、現に自分は今まであまり知らなかった。国民に深く浸透して、いかに便利なものかがわかれば要望も増えるだろう。』という意見や、『今のままだと電子政府の事自体が国民に浸透してないからただの"おもしろ自治体"で終わってしまいそう。』という意見が出た。
これを解決するために、『国民にアピールするのは国や自治体ではなく、電子政府ソリューションを提供する企業であるのが望ましいと思う。メディアを最大限に利用し、国民を巻き込んで国や自治体に圧迫をかけると効果的だと思う。』という案が出た。
この他に、『日本におけるネットワーク技術の見直しも必要である。情報のやり取りにおいては実際メールなどでも分かるように不確定要素が見られる。これはどんなことにも言えるが、システムが完全な物ほど、それを実現するために現状の問題点をしっかりと国、企業が連結して洗い出すのがとても重要になるのではないか。』という意見も出た。
これらをまとめると、意見や計画はたくさん出されてはいるが、政府や地方自治体が国民を置き去りにしてしまう恐れが多分にある。これからやろうとしていることを、分かりやすく全ての国民に説明をするような動きが必須である。パソコンを使えない人のために今までの申請窓口も残すなどの配慮も怠ってはならない。
さらに、各自治体でのモニターがとても重要であるだろうということを感じた。モニター実験をすることにより具体的な問題点が浮かび上がってくるだろうし、そのシステムが成功したらこれ以上のPRはないであろう。
問題点が山積みとなってしまったが、情報化社会の未来が便利な世の中になるのは確実である。できるだけ早い変革を期待したい。
- あとがき
電子政府について少し調べてみたので、かなり現実的な内容となってしまったが、具体的な問題点と解決案が提案されたので良いレポートになった。もっと活発に意見の交換ができればよかった。