1.まえがき
明治大学理工学部情報科学科
情報システム論I,II(2002年度まで)担当 向殿政男
情報システムは魔物です。何処に出没して,どんな恩恵をもたらしているのか,また侮るとどんなしっぺ返しをしでかすのか分らないからです。更に,その進歩,変化は止まる所を知らず,何処まで進歩し,どのように変化するか予想もつかないからです。小は,個人の書斎から,大は国家の基幹システム,世界的なネットワークまで,その大きさを規定する制約は存在しません.ユーザの立場,すなわち使う方にとって, 情報システムは正に魔物です.
情報システムを構築する技術者の立場から見ても,やはりそれは魔物です.技術的にみれば,細部にわたって細かくすべてを人間が指定して作り上げなければなりません.下は半導体の量子レベル,情報のビットレベルから,上はユーザとのマンマシン・インターフェース,企業の業務システムのレベルまで,何階層にも渡って,全体を一つ一つ作り上げなければなりません. これが現代科学技術のやり方です.今はもう,ある情報システムのすべてのレベルにわたって詳しく知っている人は居ません.情報システムは,技術者にとって,あるレベルでしか理解できない,残りの下と上のサブシステムはブラックボックスになっている,全体が理解不可能な魔物なのです。
情報システムの各レベルに関して,確かに誰かどこかの技術者が設計・製作したはずです。それは正しいと信用するしか有りません. ところが,人間が誤らないなんて思うのは幻想です.担当している自分の所ですら,誤りが絶対にないと信じている技術者がもし居るとしたら,その人は正常ではありません. そして,情報システムは,あくまでも機械です。設計,製作された通り,不満も言わずに,確実に実行します.もちろん,誤りが有れば,その誤りの通りに忠実に実行して行きます。誤りを含みながら,ユーザの要望を実現するために稼働しつづけるのが情報システムです。しかし,そのユーザの要望は不確定で,あいまいで,しょっちゅう代わります.どんな素晴らしい情報システムを実現しても,ユーザの要望を100%満足しているなんていうことはあり得ません.ユーザにとっても,技術者にとっても,不満を含みつつ,現代の情報社会を基礎から支えつづけているのが情報システムです. 一方,情報システムを実現する情報技術は常に進歩し,新しいものが出てきます。従って,情報システムは,常に変更,改正の対象です.確定し,安定して稼動することは,見果てぬ夢です.なぜならば,時代の要望は新しい情報技術に基づいた新しい情報システムを要求し,古い情報システムは,確定,安定稼働する前に寿命が来て廃棄されるからです.ですから,実現されている情報システム自身にとっても,もし人格があるとすると,不満だらけかもしれません. 情報システムには,人間や社会に対する復讐の念が有ってもおかしくありません.情報システムが魔物である所以は,本当は,この辺にもあるのかもしれません。
この魔物に立ち向かうのが情報システムのシステムエンジニア(SE)です。情報システム論は,SEになる人のための授業ですこ.の授業では,情報システムの構築の考え方,思想を主として講義し,現代の新しい情報技術については,毎年出現するたびに、その内容と考え方について概略を紹介するに止めて,詳しいことは,受講生自身が調べることにしました.このレポートは,明治大学理工学部情報科学科3年生及び4年生の情報システム論I,及び情報システム論IIの受講者が,2000年度から2002年度にわたって,興味のある情報通信技術について,ゼミごとに分担して調べ,各自のホームページに掲載したものを集めたものです.未熟な内容も含まれていますが,参考になると考えて,ここにオンライン出版をすることにしました.特に、初学年の情報科学の勉強の参考には最適と考えています.
なお,各自のホームページから吸い上げるのが遅れて,幾つかはここに採録できなかったものがありますことをお詫びしておきます。また,少し古いですが,1998年度に,理工学研究科基礎理工学専攻の情報システム特論を受講した院生によるもう少し詳しい報告が, 情報技術と情報社会として同じくオンライン出版されていますので,参考にして頂ければ幸いです.