機械システムの安全性

ー国際安全規格と日本の現状ー

向殿政男

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安全工学,Vol.41, No.1, pp.2-9, 安全工学協会,2002-2 掲載済み

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(抄録)

 機械システムの安全性について,国際的な動向を中心にその現状とわが国の対応について,2回に分けて紹介する。第1部で,機械安全に関する最近の国際規格の流れと共に,その基本的な安全の考え方を紹介する。第2部で我が国のこれまでの機械安全の考え方とその問題点,及び最近の経済産業省及び厚生労働省の国際規格への整合化の動向について紹介し,今後,我が国が進むべき方向を探ることにする。

 特に,第1部では,現在の機械安全に関する国際安全規格の特徴として,安全がリスクに基づいて定義され,リスクアセスメントの実施を基本として,安全な機械を製造する責任は機械のことを最もよく知っている製造メーカにあること,及び,安全な機械システムを設計するための安全方策に適用順序があること等が明記されていることを明らかにする。

 

はじめに

 機械システムの安全性とは,人に身体的傷害や健康障害を与えないように機械類が安全に機能することをいう。機械を使ってものを作ったり運んだり等の作業をしている作業者やその周りの人が,機械の故障や人間のミス,その他が原因で怪我をしたり健康を害したりしないようにすることである。労働の現場で労働者の安全や健康を守ることは,安全な機械システムを構築することを目的とする機械安全と呼ばれる分野と,作業現場での安全・健康の確保を目的とする労働安全衛生と呼ばれている分野が,お互いに共同・協調して実現すべきものである。そのような中,機械システムに起因する労働災害が後を絶たないのが現状である。機械システムそのものを安全に構築しようとする機械安全の分野では,欧州を中心とした長い経験と歴史に基づいて,ISO,IECにおいて国際安全規格が定まりつつある。このグローバルスタンダードは,これまでのわが国の機械安全や労働安全衛生の考え方と根本的に異なっているところが有る。世界的な基準で労働者の安全を守るという立場のみならず,世界に通用する安全な機械を輸出するという機械産業の振興の立場からも,国際安全規格に整合化した安全な機械システムを構築することが,我が国に早急に求められている。

 
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「キーワード」:機械安全,国際安全規格,ISO12100,リスクアセスメント

 

第1部 機械システムの安全性に関する国際規格の動向

1.まえがき

最近,JCOの臨界事故,H2ロケットの発射失敗事故,新幹線におけるトンネルのブロック崩落事故,等々,我が国では,中小企業はもとより,超大手や国までもが信頼性や安全性に関して多くの問題を露呈し始めている。マスコミ等では,我が国における安全神話の崩壊と喧伝しているが,そもそも我が国における安全の考え方は,国際的に通用するものだったのであろうか。一般的には,これまで恵まれた自然環境,地域的風土にあったために,安全に対してさほど考えなくても,安全であったのであって,世界的に通用する安全の考え方や技術が定着していたとは思えない面がある。このことは,最近の我が国のテロ対策や,危機管理の状況を眺めていると良く分かる。

安全な機械を作るという機械産業の分野でも, この点に関しては,例外ではない。高機能の製品を,低コストで提供することで世界を席巻してきたわが国の機械産業も,安全に関しては技術の面で,規格の面で,そして安全の考え方の面でも国際的に通用せず,多少立ち遅れぎみな状態にあるのではないだろうか。今はやりの言葉を用いれば、わが国は、世界的に着実に進歩している安全の技術と管理に関して,グローバルスタンダードからかけ離れていたと言えよう。

グローバルスタンダードといえば,品質管理に関するISO9000,環境管理に関するISO14000,最近活発になってきた労働安全衛生マネージメントに関する国際標準が我が国

を揺るがせている。それでは,機械安全に関しての国際標準はどうなっているのであろう

 

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*明治大学理工学部情報科学科:214-8571 川崎市多摩区東三田1−1−1

 

か。実は,機械安全の国際標準のうち,最も基本的な規格であるISO12100(機械類の安全性―基本概念,設計のための一般原則)(1)が長い審議を経て,現在,既に定まろうとしている。一方,労働者の安全を確保する労働安全衛生の分野でも,これまでは曲がりなりにも厚生労働省や現場の努力で労働災害は減少して来たが,最近,重大労働災害の発生数は,現場での懸命な努力にも係らず下げ止まっており,事実,毎年2000人前後の労働者が労働災害で死亡している。決して少ない数ではない。老齢化,少子化等の問題を考えると,このままでは将来,問題は更に深刻になりそうである。例えば,我が国におけるプレスにおける災害件数は,現在の国際安全基準に等価なEN規格に則っているイギリスの10倍以上という現実を無視する訳には行かなくなるだろう。この根本原因は,機械安全に関する考え方と採用している安全規格の厳密さの違いにある。機械の安全に関しても,グローバルスタンダードが我が国に押し寄せてきているのである。グローバルスタンダードの是非に関しては色々な意見があり得るだろうが,こと安全に関しては,是非も無いであろう。外圧でオープン化して世界標準に合わせるように強制されているというよりは,このままでは安全に関しては我が国だけが異質となり,機械の輸出が困難になるだけでなく,人命が軽視されている国,安全に関する後進国と言うレッテルが貼られることになり兼ねないと言う恐れの方が大きい。

 

2.機械安全における国際規格制定の経緯

 現在までの機械安全の世界的な標準化の流れを見てみよう。1985年、EU( European Union :当時のEC)は単一市場の構築のためにヨーロッパ各国の標準を整合化することにした。これに従い、ヨーロッパ各国の安全規格整合化の検討が開始された。そして、1989年, EC機械指令(流通に関する強制規格)が出され、達成されるべき法的な要求事項を必須安全要求事項として規定することが指示され、CEマーキング制度が提案された(実際の施行は1993年)。EU では、英国の規定を基に機械安全の基本規格としてEN292を1992 年に制定し,機械指令の技術的な面を補完する位置付けにした。実は,EN292を得るまでに20年以上の検討と経験の歴史を経ている.ここに至るまでの安全規格の作成について欧州の果たした役割は大きく、かつその結果は本質的であるということから,ウイーン協定等によりISO(国際標準化機構)及びIEC(国際電気標準会議)と欧州の標準化委員会とは共同で機械安全に関しては規定を検討することになった。すなわち,実質的には,EN規格がISO及びIECの規格の原案になるようになったのである。この流れの中、ISO とIEC とは安全に関する規格を作るためのガイドがまず必要という提案から、合同で1991年にガイド51(安全の規格作成のためのガイドライン)(2)が発行された。このガイド51には,リスク、安全、危害、危険源(ハザード)等の基本的な概念が明確に規定されている。そして、ISOに技術委員会ISO/TC199(機械類の安全性)が設置された。そして上記のような経緯から、EN 292を原案としては1992年にISO /TR12100(機械類の安全性―基本概念、設計のための一般原則)が決められた(TRとは、Technical Report:この内容は,現在,翻訳されて技術情報(TR)として公表さている(3),(4))。 これが,最も重要な基本安全規格として機械安全に関する規格類の頂点に立つ国際安全規格ISO12100の源泉である。なお,1995年、WTO(世界貿易機構)のTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)の合意により、国家規約を国際規約に原則として合わせることになった。もちろん、我が国もTBT協定を批准しているので,我が国のJISも、ISOやIECの規格に整合化させなければならないことになり,現在,JISの国際規格への整合化は積極的に進められている。

 

3.国際安全規格の考え方

ISO 及び IEC 等で検討、実施されている現在の機械安全に関する国際標準規格は、極めて高い理念に基づき、広い範囲を対象としたものとして体系化されつつある。その特徴の第一は,規格を3段階に階層化していることである(図1参照)。すなわち,

 

<<図1:国際安全規格の階層化構成>>

 

(1)すべての規格類で共通に利用できる基本概念や一般技術原則を扱う基本安全規格(A規格)、

(2)広範囲の機械類で利用できるような安全規格や安全装置を扱うグループ安全規格(B規格)、

(3)特定の機械に対する詳細な安全規格を扱う個別機械安全規格(C規格) 

という3段階に分け、下位規格は上位規格に準拠するという統一的な規格体系になっていることである。これに基づき,現在,続々と規格が制定されつつある。基本安全規格は,安全要求事項を記してある機能規格であるが,個別機械安全規格には構造規格を含んでいる。なぜ,このような3層構造になっているかと言うと,膨大な数の規格類に統一的な整合性を持たせるためだけでなく,安全技術や機械技術の進歩に柔軟に対応するためであり,また,個別の機械に対しては機械ごとの,時には国ごとの独自性を認めるためである。すなわち,個別の機械に対して安全規格を策定する時は,基本的には,基本安全規格とグループ安全規格の安全要求事項を満たすように定めるが,必然性があればその機械独自の規格を制定してそれを優先することを可能にしている。機械の製造者はその個別機械安全規格の構造基準等に従って製造すればよい。しかし,新しく出現するすべての機械に対して個別機械安全規格を策定することは時間的にも,また機械の数の多さから言って,現実には不可能である。そこで,個別機械安全規格がない機械に対しては,基本安全規格の要求基準を満たしていることを証明すればよい。また,新しい安全技術が見出された場合には,個別機械安全規格には古い技術の記述しかなくてもその新しい技術が基本安全規格の要求基準を満たしていることを証明すればよいという,柔軟性と個性を認めることができるようにするためである。なお,ISO/TC199の技術委員会では,基本安全規格とグループ安全規格のみを取扱い,個別機械安全規格は各業界等に任せる事にして取扱っていない。

国際安全規格の第2の特徴は,基本的にはリスクに基づく安全評価であって、リスクアセスメントの実施を大前提としていることである。機械の存在する危険源(ハザード:危害の潜在的根源)ごとにリスクを見積もり,大きなリスクを有する危険源からそれに見合ったランク付けされた安全対策を採用することを要請している。

第3の特徴は,安全を実現するには順番があり,設計で安全を確保する本質安全設計が第一であって,作業者の訓練で安全を確保するのは順番としては最後であるという,安全の階層的実現方法を主張していることである。

これ以外にも特徴として,ISO9000に基づいて,製品及びサービスについて設計から最後の廃棄までの全ライフサイクルの安全を対象にしていることが挙げられる。更に,最も重要な考え方に,製造メーカ,ユーザの責任の範囲を明らかにして、製造者責任を明確に謳っていて,PL(製造物責任)の概念も包含した壮大な安全規格の集合になりつつあることである。

 以上、現在の国際規格における機械安全の特徴をリストアップすると、次のように纏められる。

(1)  安全規格の階層化

(2)  リスクアセスメントに基づく安全性評価

(3)  安全の階層的実現法

(4)  安全対策のランク付け

(5)  製品のライフサイクル全般にわたって安全を組み込む(ISO9000に基づく)

(6)  製造物責任の配慮

(7)  常に改訂の対象

最後の「常に改訂の対象」とは,規格と言うものは常に見直しの対象としなければならないと言うことである。新しい安全の技術が開発されるかもしれないし,今までは予想もしなかったような危険の原因を発見されるかもしれないからである。

以下に,ガイド51,及びISO12100に従い,国際安全規格の内容をもう少し詳しく解説してみよう。

 

4.安全に関する基本概念とリスクアセスメント

4-1.安全の定義

 ISOとIECとが合同で定めた「安全の規格作成のためのガイドライン」であるISO/IECガイド51(2)では,機械における「安全」の概念は,次のように定義されている。

安全:受け入れ不可能なリスクが存在しないこと(受け入れられないリスクからの解放),

すなわち,すべてが許容可能なリスクのみであることが安全の条件となる。ここで,許容可能なリスクとは,

許容可能なリスク:その時代の社会の価値観に基づく所与の条件下で,受け入れられるリスク

と定義されている。ここで更にリスクとは,

リスク:危害の発生する確率とその最大のひどさの組み合わせ

となっており,ここでの危害とは

危害:人体の受ける物理的傷害もしくは健康障害(時には,財産もしくは環境の受ける害を含めることもある)

となっている。この関係を図2に示す。一般に,広く受け入れ可能なリスクのみになっている時は明らかに安全であると言えるが,実際には,コスト,受ける便宜や利便性等から,これくらいのリスクならば我慢できると言うレベルが許容可能なリスクである。「受け入れ不可能なリスクが存在しないこと」と言う安全の定義は,この許容可能なリスクのレベルと通常は解釈されている。図2における「広く受け入れ可能なリスク」と「許容可能なリスク」違いは明確ではなく,現在,ISO/TC199の会議では「許容可能なリスク」だけにしようとする方向にある。さて,上の定義で大事なことは,絶対安全を主張しているのではなく,安全と言っても必ずリスクが残っており,逆に,残っているリスクを我々が受け入れるか否かで安全であるか否かが決められるということである。残っているリスクは,通常,残留リスクと呼ばれる。

 

<<図2:許容可能なリスクと安全>>

 

4-2.リスクアセスメント

 現在の国際安全規格で最も重要視されているのが,リスクアセスメントの実施である。機械に存在するリスクをあらかじめ見出しておき,許容可能になるまで安全方策を施しておくことである。すなわち危険なところにあらかじめ手が打っておくという災害の未然防止がその主眼である。図3に従って,リスクアセスメントの手順を説明してみよう。まず最初に「使用及び予見可能は誤使用の明確化」と記してあるが,これは機械の制限の決定(使用上の制限、スペース上の制限、時間的制限)等の使用の状況を明確化すると共に,通常の人間ならばやりそうな誤った使い方(予見可能な誤使用という)を明確にすることが要求される。その制限が決定した後、設計者は、機械寿命上の全ての局面における人間との係わり、機械で起り得る状況、予見可能な誤使用を考慮し、機械によって引き起こされる可能性のある各種の「危険源を同定」し、傷害又は健康障害にいたる全ての状況を想定しなければならない。次に各危険源に対してどのくらいの頻度で危害の発生があり得るか,又,その時の被害はどのくらいのひどさになるかについて「リスクの見積り」を行う。次に,この危害の発生確率と被害のひどさとの組合せから,リスクの大きさを決めるための「リスクの評価」を行う。その結果、現在のリスクは許容可能であるか否かの判断を行ない,許容可能でないリスクが存在すれば、その危険源に対して各種の「リスクの低減」方策を施すことでリスクを下げる。すべての危険源に対して許容可能なリスクに低減されるまで,このことを繰り返す。これがリスクアセスメントである。リスクアセスメントの結果は,すべて文書化して残しておく。

すべての場合に使えるようなリスクアセスメントの一般的な方法は存在しないが,特に,リスクをどのように見積もり,評価するのか,何を持って許容可能なリスクとするのかが問題となる。これは,機械ごとに,使われる職場の環境ごとに異なっているのが普通で,一様に決められるものではない。それこそ文字通り,その時代の社会の価値観に基づく所与の条件下で,個別に決められるべきものであろう。なお,個別機械安全規格の中には,その機械のための具体的なリスクの見積り方法と評価方法,及び許容可能なリスクの大きさ記しているものもある。

 

<<図3 リスクアセスメントの手順>>

 

4-3.安全方策の選択指針

 リスクを低減するための方策にも,順番がある。すなわち安全の階層的実現を目指して取るべき方策に順番をつけている。これは,通常,3ステップメソッドと呼ばれている。〔図4〕.すなわち,

1)本質安全設計(設計によるリスクの低減)――機械の設計段階におけるリスク低減

2)  安全防護によるリスクの低減――機械自体のリスク低減対策では未だ不十分である場合における対策としての防護策(ガード)の利用

3)  使用上の情報によるリスクの低減――これらの安全方策を施した後に残るリスクをユーザへ伝えるための指示事項,及び警告

の順に適用しなければならないと規定されている。製造メーカ側で機械自体に上記のようなリスク低減を施した後にユーザ側に渡され,ユーザは提供された情報に基づき,

4)  組織や訓練によるリスクの低減

を行なう。ユーザの訓練,注意による安全確保は最後であり,まず機械側で安全を確保することが要請されている.安全な機械を作る責任は製造メーカにありと宣言していることになる。

 

<<図4 3ステップメソッド及び製造者とユーザの関係>>

 

5.国際安全基本規格12100について

 現在の機械安全に関する膨大な国際規格類の頂点に立つ基本安全規格には,図1に示すように,二つしかない。一つが「基本概念,設計のための一般原則」であるISO12100(1)であり,もう一つが「リスクアセスメントの原則」ISO14121(5)である(翻訳されて,JIS規格JIS B 9702(6)として発行されている)。ここでは,ISO12100について簡単にその内容を紹介しよう。ISO12100は,通常,“機械類の安全性”,または略して“機械安全”と呼ばれる国際規格の中の一つであるが,正確には

(1)機械類の安全性―基本概念,設計のための一般原則―第1部:基本用語,方法論

(2)機械類の安全性―基本概念,設計のための一般原則―第2部:技術原則,仕様

の2部構成になっている。ただし,実はまだ正式には発効していなくて,現在,ISOのTC(技術委員会)であるTC199で審議中なのである。といっても,前述したように数十年の歴史のある英国の規格から出発して欧州規格EN292となり,それを基に1992年からISO/TC199で審議をし, TR(技術情報),CD(委員会ドラフト),DIS(国際標準ドラフト)を経て,現在FDIS(最終国際標準ドラフト)という審議の段階にあり,2001年〜2002年ごろに掛けて成立の見込みである。一般に,国際規格が制定されるまでは時間が掛かるが,この規格が特に何故こんなに時間が掛かっているのかと言うと,安全の根本を決めるA規格(基本安全規格)だからである。慎重を要すると共に,各国の歴史,社会,文化とも深く関わるからである。現実には,このA規格の内容を前提にすでに同時平行的にB規格(グループ安全規格)やC規格(個別機械安全規格)が個々に定まりつつある。

5-1.ISO12100におけるリスク低減戦略

「第1部:基本用語,方法論」において,安全方策の選択指針として包括的なリスク低減戦略が述べられている。これは,前述したように通常3ステップ戦略と呼ばれていて,(1)本質安全設計,(2)安全防護,(3)使用上の情報 によるリスクの低減,という順番で行うことが明記されている。これらのリスク低減方策の技術的な具体的内容が,「第2部:技術原則,仕様」に述べられている。技術的に見れば,これらの内容は,安全を確保するには,三つの原則,即ち

(a)本質安全の原則—危険源がなければ安全である

(b)停止の原則—機械は止まっていれば安全である

(c)隔離の原則—人間がそばに居なければ安全である

に基づいていると言う事が出来る。すなわち,技術的観点から本規格の安全方策を分類すれば,図5のように(イ)〜(二)の4つに分類することが出来る。

5-2.本質安全設計(設計によるリスクの削減)

 はじ製造メーカら危険源が無いように考えて機械を設計しろと言うことである。道路の例でいえば,交差点を作る前に立体交差を考えろと言うようなことに相当する。具体的には,設計の段階から,安全を考慮しなければならないことを述べていて,究極には,

(1)    設計上の各種処置方策を適切に選択することで,可能な限り危険源を無くすか低減させること,

(2)    設計上の工夫により,人間が危険区域内に入る必要性を可能な限り少なくすること

に尽きる。

本質安全設計の方策について本規格で多くの項目(DISの段階では14項目)が述べられているが,各項目とも技術的には,長い経験に基づいた深い内容を持っている。ここですべてを詳しく述べるゆとりはないので,その中で「人間工学の遵守」と「制御システムへの本質的設計方策の適用」の二つについて,簡単に紹介してみたいと思う。

 

<<図5. 規格に示される主要な安全方策>>

 

1)人間工学原則の遵守

人間は間違えるものであり,例えば疲れれば注意力が落ちるもので,ミスは避けられない。人間の特性を考慮することで,設計の段階からこのことを考えておけば,ヒューマンエラーのかなりの部分が回避できるはずで,オペレータの生理学的,精神的ストレスを減らすことで安全性を確保する方法が細かく記述されている。特に,人体の寸法,力の強さと姿勢の関係,騒音や振動の回避,等から始まって,オペレータと機械とのインターフェースに関する種々の注意事項まで述べられている。例えば,連続自動運転のサイクルと人間の作業リズムとの関係に注意するような指示もある。一方,「合理的に予見可能な機械の誤使用」という,かなり難しい言葉を使って,人間が原因の危険源も考慮の対象にしなければならないことが明記されている。すなわち,機械使用中に機械不良や故障が起ったときの人間の反射的な挙動や,作業遂行中,最小抵抗経路をとった(最も単純な動作をしたり,省略をしたりする人間の本能的な行動をとった)時に生じる結果も危険源として考えなければならないとされている。

2)制御システムへの本質的設計方策の適用

 制御システムは,機械安全の要である。制御システムの設計に誤りや不適切な部分があったり,構成部品に故障が発生したり,動力源が変動・故障したりすると,

(1)   意図しない・予期しない機械の起動

(2)   無制御状態の速度変化

(3)   運動部分の停止不能

(4)   加工物等の落下や放出

(5)   安全装置の機能停止

等が生じて,危害が人間に及ぶ可能性がある。これらを防止するための制御設計上の安全原則として,主として

(1)  機械起動・停止の論理的原則

(2)  動力中断後の再起動防止

(3)  非対称故障モード要素の使用

(4)  重要構成部分の二重化

(5)  自動監視の使用

(6)  プロセッサ採用上の注意事項

(7)  手動制御装置に関する安全原則

(8)  制御・運転モードの取り扱いの留意事項

等々が述べられている。これらは高度に技術的な内容であるが,安全技術としては,本質的な内容になっている。ご興味のある方は,是非,本規格(1),(3),(4)かその解説書(7)〜(8)をお読みくださることをお勧めする。

5-3.安全防護によるリスクの低減

 設計ですべての危険源が無くなれば,何の問題もない。しかし,現実には,どうしても危険の可能性,すなわちリスクが残る。設計によるリスクの低減が技術的に困難であったり,コストを考えた場合には非現実的であったりするからである。この残ったリスクが受け入れられない,すなわち安全とはいえない場合には,次に安全防護によるリスクの低減という手段をとることになる。具体的には,ガードで危険なところを囲ってしまえということでる。これは「隔離の原則」,すなわち人間がそばに居なければ安全であるという考え方に基づいている。しかし,実際には作業,修理,調整等のために機械に近づかない訳にはいかない場合がある。その時にはガードを開けなければならないが,ガードを開ける時には機械を止めてしまえと言うことである。すぐに止まらない場合には,止まるまでガードに鍵を掛けて開かないようにしろということである。これは「停止の原則」,すなわち機械は止まっていれば安全であると言う考え方に基づいている。ここでは詳細を省くが,ISO12100の第2部(4)には,各種のガードの紹介と,ガードに関する要求事項が詳しく述べられている。

 

5-4.使用上の情報によるリスクの低減

安全防護をしても,すなわちガードをしてもまだで安全と言われるまでにリスクを低減できない場合があり得る。例えば,ガードを開けた場合に機械の電源を完全に止めてしまったら教示も調整も出来ない場合などがあるからである。その時には,ここにはこのような残ったリスクがあることを伝えて,警告を与えなければならない。それは警報であったり,表示や警告文であったり,また,そのリスクを人間が注意をして回避するための方法を記したマニュアルであったりもする。これが使用上の情報によるリスクの低減と言われるものである。ここで大事なことは,合理的に予見可能な機械の誤使用を除外してはならないと明記されていることである。そして,最も大事なことは,「使用上の情報で設計上の不備を補ってはならない」と明記されていることである。先に手を打つべき(1)本質安全設計や,(2)安全防護によるリスクの低減をやらずに手を抜いて,警報や警告ラベルをべたべたと貼っただけで済ませることはあってはならないと宣言している。本規格には,使用上の情報の作成方法などが詳しく述べられている。

なお,追加予防策として,

・ 非常停止装置

     捕捉された人の脱出・救助に関する予防策

     遮断及びエネルギーの消散に関する規定

等も記されている。しかし,これらは正規のリスク低減方策でなく,あくまでも予備的な追加予防策であることに注意する必要がある。非常停止装置があるから安全であるなどというのは論外だということである。

5-5.製造者とユーザの関係

 ISO12100が規定しているのは,機械を設計する設計者に対してである(図4)。すなわち製造者に対する規格である。リスクが低減された安全な機械をまず製造メーカは作り,これをユーザ,すなわちユーザに使用上の情報と共に渡す。ユーザは,この使用上の情報に基づき,作業手順を作り,必要ならば個人防護具を付け,訓練をして安全を確保するという関係にある。この製造者とユーザとの関係については図4に示されている。 訓練が最後の最後になっていることに注意する必要がある。なお,通常,ユーザは機械を改良したり,幾つかの機械を組み合わせたりするのが普通であるが,この場合には,この規格はユーザにも適用される。逆に,通常,製造メーカも製造装置を購入して使用するから,製造メーカは同時にユーザでもある。この点からは,ISO12100は,製造メーカにもユーザにも強く関係している。

 

6.まとめ

機械安全でまず最初にやるべきことは,危ないところを一番良く知っているメーカが安全な機械を作らなければならないということである。危ない機械を作っておいて,それをユーザが注意をしながら訓練,教育で安全を確保すると言うのは,間違っていると言っているのである。製造メーカは,リスクアセスメントに基づいてリスクの高いところからそれが許容可能なリスクになるまでリスクを低減するように安全方策を施し,その結果を文書化して残しておく。本稿では触れなかったが,これには自己認証や第三者認証と言った認証制度の裏打ちが必要になってくる。これが現在のグローバルスタンダードになりつつある国際安全規格の考え方である。我が国は,機械安全や労働安全衛生に関してそろそろ考え直さなければならない時期に来たようである。

 

参考文献

[1 ] ISO/FDIS12100(2000)”機械類の安全性ー基本概念、設計のための一般原則”

[2] ISO/IECガイド51:安全面--規格に安全に関する項目を導入するためのガイドライン

[3] TR B 0008(1999):”機械類の安全性‐基本概念,設計のための一般原則―第1部:基本用語,方法論”,日本工業標準調査会,日本規格協会

[4] TR B 0009(1999):”機械類の安全性‐基本概念,設計のための一般原則―第2部:技術原則,仕様”,日本工業標準調査会,日本規格協会

 

[5] ISO14121(1999)機械類の安全性―リスクアセスメントの原則

[6] JIS B 9702(2000) 機械類の安全性―リスクアセスメントの原則 日本工業標準調査会,日本規格協会

[7] 向殿政男(監修)日本機械工業連合会(編)(1999):”ISO 「機械安全」国際規格”、日刊工業新聞社

[8] 向殿政男(監修)(2000),安全技術応用研究会(編)(2000),国際化時代の機械システム安全技術,日刊工業新聞社

[9] 向殿政男:機械分野における事故の未然防止の取り組みと国際安全規格,品質, Vol.30, No.3, pp.255—259, 日本品質管理学会,2000-7

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


<<図1:国際安全規格の階層化構成>>


 

 

 

<<図2:許容可能なリスクと安全>>

 

 

<<図3 リスクアセスメントの手順>>

 

 


 

<<図4 3ステップメソッド及び製造者とユーザの関係>>

 


 

 

<<図5. 規格に示される主要な安全方策>>