本質安全設計について

1.             ISO12100におけるリスク低減戦略

本稿で紹介している国際安全規格であるISO12100(機械類の安全性―基本概念,設計のための一般原則)では,前回紹介したように,「第1部:基本用語,方法論」において,安全方策の選択指針として包括的なリスク低減戦略が述べられていました。これは,通常3ステップ戦略と呼ばれていて,

(1)   設計(本質安全設計)によるリスクの低減,

(2)   安全防護によるリスクの低減,

(3)   使用上の情報によるリスクの低減,

という順番で行うことが明記されています。これらのリスク低減方策の技術的な具体的内容が,「第2部:技術原則,仕様」に述べられています。技術的に見れば,これらの内容は,安全を確保するには,三つの原則,即ち

(a)本質安全の原則—危険源がなければ安全である

(b)停止の原則—機械は止まっていれば安全である

(c)隔離の原則—人間がそばに居なければ安全である

に基づいていると言う事が出来ると思います。すなわち,技術的観点から本規格の安全方策を分類すれば,図のように(イ)〜(二)の4つに分類することが出来ます。今回は,3ステップの最初である最も本質的な「設計(本質安全設計)によるリスクの低減」について,簡単に紹介しようと思います(本質安全設計という言葉は,ISO12100のDISでは,本質的設計となっていますが,ここでは,便宜上,従来のままを使うことに致します)。

なお,これらの方策を適用するに当たっては,リスクアセスメントに基づくことが規定されています。前回紹介したように,ISO12100は,機械の国際安全規格の中でも最も基本的なA規格(基本安全規格)でしたが,実はもう一つA規格があります。それがリスクアセスメントの原則ISO14121[6](今年中に,JIS規格JIS B 9702[7]になる予定)です(この二つしか現在のところA規格はありません)。

 

2.   本質安全設計

 設計の段階から,安全を考慮しなければならないことを述べていて,究極には,

(1)    設計上の各種処置方策を適切に選択することで,可能な限り危険源を無くすか低減させること,

(2)    設計上の工夫により,人間が危険区域内に入る必要性を可能な限り少なくすること

に尽きます。

本質安全設計の方策について本規格で多くの項目(DISでは14項目)が述べられていますが,各項目とも技術的には,長い経験に基づいた深い内容を持っています。ここですべてを詳しく述べるゆとりはありませんので,その中で「人間工学の遵守」と「制御システムへの本質的設計方策の適用」の二つについて,簡単に紹介してみたいと思います。

4.             人間工学原則の遵守

人間は間違えるものであり,例えば疲れれば注意力が落ちるもので,ミスは避けられません。人間の特性を考慮することで,設計の段階からこのことを考えておけば,ヒューマンエラーのかなりの部分が回避できるはずで,オペレータの生理学的,精神的ストレスを減らすことで安全性を確保する方法が細かく記述されています。特に,人体の寸法,力の強さと姿勢の関係,騒音や振動の回避,等から始まって,オペレータと機械とのインターフェースに関する種々の注意事項まで述べられています。例えば,連続自動運転のサイクルと人間の作業リズムとの関係に注意するようにも指示されています。一方,「合理的に予見可能な機械の誤使用」という,かなり難しい言葉を使って,人間が原因の危険源も考慮の対象にしなければならないことが明記されています。すなわち,機械使用中に機械不良や故障が起ったときの人間の反射的な挙動や,作業遂行中,最小抵抗経路をとった(最も単純な動作をしたり,省略をしたりする人間の本能的な行動をとった)時に生じる結果も危険源として考えなければならないとされています。これも広く考えると人間工学原則の遵守の一つでしょう。

5.             制御システムへの本質的設計方策の適用

 制御システムは,機械安全の要です。制御システムの設計に誤りや不適切な部分があったり,構成部品に故障が発生したり,動力源が変動・故障したりすると,

(1)   意図しない・予期しない機械の起動

(2)   無制御状態の速度変化

(3)   運動部分の停止不能

(4)   加工物等の落下や放出

(5)   安全装置の機能停止

等が生じて,危害が人間に及ぶ可能性があります。これらを防止するための制御設計上の安全原則として,主として

(1)  機械起動・停止の論理的原則

(2)  動力中断後の再起動防止

(3)  非対称故障モード要素の使用

(4)  重要構成部分の二重化

(5)  自動監視の使用

(6)  プロセッサ採用上の注意事項

(7)  手動制御装置に関する安全原則

(8)  制御・運転モードの取り扱いの留意事項

等々が述べられています。これらは高度に技術的な内容ですが,安全技術としては,本質的な内容になっていますので,ご興味のある方は,是非,本規格[1]〜[3]かその解説書[4][5]をお読みくださることをお勧めいたします。

 

参考文献

[1]〜[5]は前回と同じ

[6]ISO14121(1999)機械類の安全性―リスクアセスメントの原則

[7]JIS B 9702(2000) 機械類の安全性―リスクアセスメントの原則 日本工業標準調査会,日本規格協会(発行予定)

 

<<図 規格に示される主要な安全方策>>