20030108日本機械学会誌,Vol.106, No.1012, pp.40-41, 2003-3より

 

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機械の安全

Safety of Machinery

 

向殿政男

明治大学理工学部情報科学科

1.はじめに

 自動車の車体の形を鉄板から打ち出すプレスの現場,見たことがありますか? はじめて目の前で見たときは,びっくりするというよりは怖くなりました。数十トンもあろうという金型の間に鉄板を入れて,どすんどすんと地響きがするくらいの騒音の中でプレスをするのは,恐怖以外の何者でもありません.人間は近づかないにこしたことはありません.挟まれたら人間は原型を止めないでしょう.しかし,修理をする時や,調整をする時には,きっと金型の間に入らなければならないことはあり得るでしょう.この時,間違って,上の金型が落ちてこないという保証は,また,誰かが間違えてスイッチを入れないという保証は本当にあるのでしょうか.大型のプレスだけではありません.小さな金物の形を作ったり,打ち抜いたりするために,がちゃんがちゃんと,手や足で操作するプレスの機械をテレビなどで見たことがあると思います.このプレスでは,故障や作業者の間違えで,自分の指を切断したり,手に穴を開けたりする事故があとを絶ちません.機械はプレスだけではありません.それこそ危険な機械の種類は無数にあり,そして,常に新しい機械が生まれています.機械の安全を例に,最近の安全技術の考え方を紹介しましょう.

2.リスクアセスメント

 

 現在の国際安全規格では,まず,機械を設計する時や装置を設置する時には,リスクアセスメントをやらなければいけないことになっています(図1).リスクアセスメントとは,危険なところ(危険源)を前以て見つけ出しておき(同定),そのあぶなさの度合い(リスク)を見積もり・評価して,リスクの大きさに従って安全対策(リスク低減方策)を施し,許容されるリスク以外は残っていなくなった時,はじめて安全として,使用を許可することです。これまで事故がなかったから安全であるというのではなくて,また,事故が起きてからはじめて気が付いて安全対策をするのではなく,前以て事前に安全を作っておくのです(事前予防対策).ここで注意することは,安全といってもリスクが常に残っていて(残留リスク),絶対安全を言っているのではないことです.

<<図1リスクアセスメントの手順>>

 

3.リスク低減方策

 リスク低減方策にも,施すべき順番があります。そして,設計者・製造者と使用者との間の義務関係が明確にされています(図2)。すなわち,(1)設計によるリスクの低減(本質安全設計といわれ,危険源がないように最初から作る),(2)安全防護によるリスクの低減(残ったリスクに対しては,ガードで囲う(隔離の安全)等による安全装置を付ける),(3)使用上の情報によるリスクの低減(残るリスクをユーザへ伝えるための指示事項,及び警告)の順に適用しなければならないと規定されています。メーカ側で機械自体に上記のようなリスク低減対策を施した後にユーザ側に渡され,ユーザは使用上の情報に基づき(4)組織や訓練によるリスクの低減,を行います。現在の国際安全規格では,ユーザ側ではなく,最初に機械側で安全を確保することが要請されているのです。機械の設計者もやるべきことをやってそれを明記しておかないと責任問題から逃れられないのです(逆にやっておけば許されるのです).危険な機械を作業者が注意と訓練で使うという時代は,もう終りました。

 

4.安全装置のカテゴリー

 リスクには大きさが有ります.大きなリスクの危険源には信頼性の高い安全装置を付けるように,安全装置にもランク分け(カテゴリー)が定義されています。リスクの大きさに従い,第三者により認証された対応したカテゴリーの安全装置を付けなければならないことになっています。

<<図2:リスク低減方策の順番と設計者とユーザの義務の関係>>

 

5.ネットワークを用いた安全対策

 これまでは,安全装置が故障した場合に確実に機械が停止するように(停止の安全),機器同士は直接に信号線で接続され(Hard Wired),接点は機械的なリレーが推奨されてきました.これでは,装置は大きく,動作も遅く,また配線のスパゲッティ状態になりかねません。最近では,共通のネットワークに多くの安全に関する情報を載せ(セーフティバス),フェールセーフなコンピュータで制御するネットワーク化と電子化の方向に向かいつつあります.

 

6.おわりに

 絶対安全を実現するのは現実には不可能です.如何に許容可能なリスクまで下げるか,それが安全技術であり,人間の知恵の見せ所です.機械の安全が,安全技術の原点です.機械は故障するものであり,人間は間違えるものです.機械が故障をしても,人間が間違えても,安全であるような機械を作るには,それなりの論理と構造が必要です.機械の安全では,これまで着実にこの方法を見出してきて,実現してきています.今後,情報と通信の利用が,これからの機械の安全を更に高めていくことは間違いありません.機械の安全技術から他の分野の安全は学ぶことが多いと思います。逆に,他分野の安全技術の考え方を機械の安全にも積極的に取り入れていくべきでしょう。